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落ちていく

 仲の良い友人だったはずの白石を好きになったのは、振り返れば遠い過去の話だった。理由なんてものはもう今では思い出すことも出来ない。ただ何がきっかけだったか、隣で笑う白石を意識し初めて、そしてそれが恋に育つまでにはそう時間は掛からなかった気がする。
 いつの間にか友達から好きな人に変わってしまった白石に対して、俗に言う"キラキラした恋"とは真逆の、暗くて深い罪悪感を、俺は胸の奥深くに抱くことになった。それも当然と言えば当然のことだったが、そんな惨めさも、後ろめたさも、諦めさえ、すべて遠い昔のことにように思えるのだ。

 誰かに相談することも、ましてや本人に告白することなんかも出来るわけがなく、白石への思いはまるで肥溜めのように、俺自身の中で深く熟成されていた。
 そうしてかれこれ3年間。俺の胸の内には醜く腐って、酷い悪臭をさせるようになってしまった思いが、誰に打ち明けられることもないまま、抱え込まれていたのだった。


「白石。今日部活休みだろ?一緒にかえろ」

 席に着いたまま帰り支度をする白石の肩を叩いた。
 白石は振り返ると「日直やねん、ちょっと待っとって」と微笑んだ。

 どうやらもう少し時間が掛かるようだ。白石を待つために、適当な席について頬杖をつく。
 窓の外はまだ明るい。なのに人気が少なく、静かで、どこか寂しくも感じた。

 白石とは中学一年生の時に同じクラスになって、そこで俺たちは仲良くなった。しかしそれ以降はさっぱり。高校三年生になるまで一度もクラスが一緒になることはなかった。
 だから高校生活ラストの今年に白石と同じクラスになれたのは奇跡だと思った。この気持ちを白石に伝えるつもりはない。これは墓場まで持っていくと決めた感情だ。ただ、白石の隣にいれる今この瞬間を大切にしたいと、それだけを願うのだ。


「なぁ帰りコンビニ寄らへん? 腹減ってもーたわ」
「あり! 俺おでん食いたい」
「あーおでん! ええなぁ、中華まんのつもりやったけど今日はおでんやわ」

 片付けの手は止めずに雑談を交わす白石に相づちを打つ。
 どこが好き、何に惹かれて、どんな感情が湧き上がるのか。そんなことを最近はよく考えるけど、結局何一つとしてわからずじまいだった。
 白石は顔はかっこいいし、スタイルも良い。部活も勉強も、なんだって出来るけれど、あくまで彼は男だ。俺は男を好きになったことなんてなかったし、同性である男の顔がいくら良くたって、好きにはならないしときめきもしない。
 だからこそ俺は怖かった。赤ん坊が自分の中に湧き上がる感情の正体がわからず、ただ当惑して泣き喚くことしか出来ないように。俺も、この正体不明な思いを抱えてどうすることもできないまま、ただ醜く腐らせ、それでもまだ手放すことができずにいたのだ。

「あーあかん。放課後、進学の資料取りに来るよう先生に言われとったんやった。すっかり忘れとったわ」
「まだ先生いるんじゃない? 急ぐ?」
「急ぐ! 佐藤どないする? 下駄箱らへんで待っとる?」
「んー、資料受け取るだけ? なら俺もついてこっかな」

 白石に倣って俺も席から立ち上がる。とっくに準備は終わって白石の事を待っていた身だし、今更先に行ってるなんて言うわけもない。鞄を手に取って、座っていたせいで少しよれてしまった制服を直す。
 じっとこちらを見つめる白石の視線に気がつき、不思議に思って目を向けると、白石の切れ長な目がゆっくりと、弧を描くように細まった。

「うん。ほな、行こうか」






 その瞳が、まるで獲物を狙う獣のようだとぼんやり思う俺は、ただ単に現実を受け入れられてないだけなんだろう。受け入れるどころか、たぶん理解自体が追いついていない。
 いつの日か見た、野生動物のドキュメンタリー番組を思い出す。
 声に感情を乗せることなく、淡々と獣たちの生活を紹介するナレーションがやけに耳に残っている。
 耳を立て、姿勢を低くし、足音を立てないようにゆっくりと忍び寄る。肉食動物の捕食シーンが綺麗だと感じたのは、あの時が最初で最後だった。


「白石、?」
「ん? どないしたの、佐藤」

 白石は首を傾げて微笑む。瞳が細められ、口角が少しだけ上がる。その柔らかな微笑みが俺は好きだった。白石の優しさと影が潜められたその微笑みが自分に向けられる事が何より嬉しかった。それなのに、なんで。

「そんな、泣きそうな顔せえへんでよ、佐藤」
「なんで……、なに、……どういうこと?何、考えてんの?」

 お腹が痛い。熱くて、脈打つごとに痛みが走る。身体が震える。絞り出した声は酷く掠れていて、聞くに堪えないほどに汚い。
 自分の意思とは関係無しに震える体は止められなかった。自分では制御しきれない身体の動きに思わず笑えてくるけど、結局顔が強張るだけだった。
 そんな俺を白石はおかしそうに眺めている。差し出された手が無遠慮に頬に触れてきて、その恐ろしく冷たい指先に大きく肩が跳ねた。まるで氷のように冷たい。真っ直ぐ突き刺さるような瞳が、決して逃がさないと言うように、俺を捉えて離しはしなかった。


「佐藤と俺、ずうっと両思いやったんよ。今まで知らんぷりしてきてごめんな。これからはずっと一緒やから」

 白石は両手で頬を包み込むようにすると「もう我慢せえへえんで、ええんやで」そう、嬉しそうに囁いた。包み込まれた頬からは熱が奪われていく。白石の冷たい手が俺の体温で暖まって、丁度二人の触れあった場所の温度が同じになったとき、まるでそこから二人が溶け合ってしまうのではないかという恐怖が襲った。恐怖?これは恐怖なのか、俺は怖いと感じているのか。誰に、白石に?あんなに好きだった白石が、怖い?そんな、まさか、

「ぐっ、ぅえ……」

「……かわええ。かわええよ、佐藤。ずっとこうなる日を待ってた」

 鳩尾に拳が一発。二発。三発、四発。嘔吐する俺と、床にまき散らされた吐瀉物を遠慮無く掬って、それを愛おしげに俺の頬へと擦り付ける白石。痛い。怖い。辛い。わからない。なんでこうなってしまったんだろう。俺は白石の何を見てきたんだろう。俺は白石の何を知っているつもりになっていたんだろう。
 殴られた腹は痛みと熱を持って脈打つ。鼓動が早い。目の前の白石は、目尻を赤くさせて、見たこともないような蕩けるような瞳で俺を見つめていて、そしてその股間は膨れ上がって。

「これからこうやって、たくさん愛し合お。大好きやで、佐藤」

そう言って、白石は撫でるように俺の股間に触れた。視線がそこへ行く。驚くことに、そこは萎えるどころか、痛々しい程に大きく主張をしていて、もう全て手遅れなんだと一瞬にして悟る。手遅れ?違う、初めから間違いだったに違いない。俺が男に、友達に、白石に恋をしたそのときから、全てが間違いで過ちだった。その事を知った俺はもう、全てを諦め、放棄することしか出来なかった。


つづく