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羽が生えたら

僕に羽が生え始めたのは中学三年生のことだった。
大抵は思春期を迎える頃、13歳になる前に羽が生え始めるのだけれど、成長期が遅れてやってきた僕はクラスどころか学校でも一番遅く、結局羽が生えそろったのは高校に入って初めの夏を迎えた頃だった。
あまり綺麗な色ではなかったけれど、きちんとした対になっているし形も悪くはない。大きさは小振りでこんな羽では空を飛ぶことなんて出来なかったけれど、それでも僕は自分の羽を気に入っていた。

僕はたまに『羽無し』と呼ばれていたあの頃を思い出す。羽無しは欠損と同じだ。子供は集団生活の中に生じた異常を排斥するため時に大人よりも非情だった。嫌な顔をされ、陰口をたたかれ、石を投げつけられる。それは僕に羽さえあれば起こるはずもないいじめで、誰も僕を助けようとはしなかったし僕自身、どこか諦めを感じていたようにも思える。
同じように羽を持たない、名前も知らない男の子に助けられたのは雪の降る寒い日のことだった。彼は羽を持っていなかったけれど、凜とした態度で石を投げつける同級生の前に立ちはだかり、そして座り込む僕に手を差し伸べた。羽がなくてもこんなにも堂々としていられるなんて。それっきり彼とは会うことなく三年経つけれど、彼に羽は生えただろうか。もしまた会うことがあるのなら、僕はあの時の礼が言いたい。誰も助けてくれなくて、僕も僕自身に呆れ、そして諦めていたあの時。手を差し伸べてくれた君に、僕はどれほど救われたことか……。



「え……なん、…え?」

目の前に広がる大きくて細長い形の4枚の羽がゆっくりと動き、静かな空を切る音が耳に届く。僕の羽とは違う、早さを出すことに特化したその網模様の羽は日の光に透けてキラキラと輝いている。その透けた羽模様は目を奪われる程の美しさなのに、感じるのは身の毛がよだつような、本能的な恐怖。捕食者と被食者の、絶対的なヒエラルキーを本能は忘れていない。僕は言葉も出せずに、ただそこに立ち尽くすことしか出来なかった

「よかった。立派な羽、生えたんやな」
「……。」
「俺が怖い?」
「こわ、…く、な……」
「……。これからは俺が守ったるから」

一目でわかった。それは、トンボの羽だ。トンボは肉食で蝶や蛾などの他の昆虫を食らう。
羽の元の生物は関係ないって言われているけれど、それが証明されたわけではない。現に感じているこの恐怖は、一体なんだっていうのか。あんなに憧れていた羽無しの君が僕を食べる。その姿が容易く想像出来てしまう事が何より怖くて、哀しくて、そして……。不思議なことに全身が熱くなっていく。動悸がして、胸の奥がざわつく。興奮しているのかもしれない。彼の捕食する姿を想像するだけで、僕は感情に飲み込まれるみたいに動けなくなってしまう。

いつか僕は君に食べられたいと願うようになってしまうのだろうか。そうなったとき、君は僕を食べてくれるのかな。守ると言った君は、僕の羽を毟って、そして、どうしてしまうんだろう。
彼と再会した事で、僕はもう僕でいられないようなそんな気がした。
君に羽をもがれるのなら、それは本望だ。