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■ とある俳優

それは毎週土曜日の12時を回った後の事。近所のコンビニに、俺が想いを寄せる人は働いている。

「いらっしゃいませー」

軽快なメロディ。空調の効いた空間。やる気のない挨拶。こちらを一瞥して、すぐに視線を逸らす彼に心臓がひと際高く鳴る。平然を装いながらもレジの前…彼の前を通り過ぎていく。握る手のひらには汗をかき、心臓は口から出てしまうのではないかというほどに激しく鼓動していた。まさに、彼こそが俺の想い人だった。

彼の名前は高瀬 青くん。年齢は2*歳、誕生日は*月*日、現在は実家暮らしで家族構成は父母と年の離れた妹が一人。最近は家でも肩身の狭い思いをしているみたいで青くんが不憫で仕方あらへん。5年前、就職した先の会社で酷いいじめにあった青くんはそのブラック会社を退社後、しばらくの間は外に出ることも敵わへんほどにメンタルをやられてしまった。そこから1年かけて外を歩けるくらいには回復するが再就職する先々で体調を崩したり問題を起こしたりして上手くいかずに、結局実家の近所にあるこのコンビニでバイトとして働くことになった。そして彼がこのコンビニで働き始めて1年目の春に俺は彼と出会うことになった。その出会いはまさに、運命やった。それはまだ俺があまり世間に名の知れていない、丁度頑張り時の頃の話で……。

「あ、あの…!すみません、し、白石蔵ノ介さんですよね…?わ、私大ファンなんです…!!」

声をかけられ、気分は急降下。最悪やわ、せっかく青くんの前やっちゅーのに、幸せな気分が台無しや。それに万が一にでも俺がこの女と何かあるのではないかと勘違いでもされてしまったらそれこそこの世の終わり。もしそんな勘違いの果てに青くんが傷ついたりでもしたら。そんな事を考えるだけでも頭がおかしくなってしまいそうやった。

俺はいつもの笑顔を顔に張り付け、わあ、どうもありがとう。なんて台詞を口にする。出来ることなら話はこれでおしまい。それが無理ならば続きはここじゃないどこかで。青くんがこの女の存在に気が付く前にさっさとコンビニを出なければ。と妙に逸る気持ちでちらっと青くんに目を向けると、なんと青くんも俺に目を向けていて、そして二人の視線が絡んだ。
瞬間頭がヒートするように真っ白になる。え、今、青くんと目合うてる…?嘘やろ…?信じられない思いと、幸せな気持ちと、これは違うんだと弁解したい気持ちで胸がいっぱいになる。ちゃうねん、ほんまにこれはただのファンで。いや、例えファンでさえも青くんが嫌だというのならば俺には必要あらへん。何よりも、青くんがおれば、それだけで。


「あの、…?」

ファンだという女が不思議そうな表情をして俺の顔を覗きこんできた。そしてそれを機に青くんの視線はまた俺ではないどこかへといってしまう。ああ、いかないで。まだ、もっと。そう思うけれど、すぐに自戒する。最高な時間やった。青くんと見つめ合うなんて、夢のようやった。
短い幸福な時が終わり、俺は再度微笑みを顔へ張り付ける。

「いつも応援ありがとう。写真とかはだめやけど、握手でええかな?」

「っ、はい…!ありがとうございます!」

女の手を握る。彼女の手が酷く熱く感じるほどに自身の手の温度は冷たく冷えていた。
わかっている。彼は俺がファンの女性と談笑をしようが握手をしようがどうでもいいことくらい。だって、まだ彼は俺のことを認識さえしていない。2年間通い続ける俺のことを全く覚えない彼が憎らしくて愛おしくて、どうしようもないほどに大好きだ。
はじめは彼に接客してもらうだけで、それだけでよかった。いらっしゃいませとありがとうございました。ただの挨拶なのに、そう言われるのが何よりも嬉しかった。けれど俺はどんどん貪欲になっていく。彼と話をしたい。彼と握手をしたい。彼に触れたい。彼を、彼の全てを手に入れたい。
もう、俺は我慢を出来そうになかった。

まずはどうしよう、挨拶からしてみようか。それを続けて、それでも覚えてもらえないんやったらもっと直接的に好意があることを伝えればええ。例えば…そう、差し入れとか。
怠そうに接客をする青の姿を目に焼き付ける。ああ、今から楽しみで仕方ない。青くんが俺のものになってくれる時が……。そう遠くない未来のことを思い浮かべて、目を細めた。

高瀬 青くん。コンビニのバイトは三年目、今はまっているのはスマホゲームで客足が途絶えるとよくそれで暇をつぶしている。
愛用ドリンクはあるメーカーの無糖ブラック。彼は俺の想い人。

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