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■ 01

 外は暗く、人の出入りも1時間ほど前から皆無だった。
 現在、深夜の2時半。この時間は特別な業務も無く、さらに人の出入りが極端に減るため、大抵睡魔はこのタイミングに堂々と訪れる。

 かくいう俺はバックヤードにて、軋む椅子の上でスマホゲームに勤しんでいた。

 20代後半にもなってフリーター。しかも実家ぐらしの俺は、両親と年の離れた妹に疎まれながらも毎日を平穏に過ごしていた。
 最近では両親だけならず妹にまで「さっさと家を出てけ」などと言われる始末だが、そりゃそんな事言われなくたって俺だってわかってるよ。この年にもなってコンビニバイトだなんて、決して褒められたものじゃないことくらい。しかし、どうにもやる気がおきない。ぶっちゃけ今のままでも十分に暮らせてるわけだし。
 あーあ、誰か俺のこと養ってくれねえかなぁ、なんて毎日飽きもせずに願う俺はやはり怠惰なのだろう。
 そんなことを考えながらゲームに勤しんでいると、聞きなれた軽快なメロディが店内に響き渡って来客を知らせた。

「おっ……来客来店……あっ、まてまてまて……ぁ、ぁぁ……おいおい……まじかよ」

 入店のチャイムに気を取られ、防犯カメラの映し出す映像に目を向けてる間に攻撃をくらってしまい、情けない声がバックヤードに響いた。攻撃とは、もちろんゲームの話である。
 スマホのディスプレイいっぱいにYOUR LOSEの文字が表示されて、眠気も相まって余計に苛立った。あーあ、今日は負けっぱなしだ、やってらんねーわ。スマホをポケットへねじ込んで深いため息を吐いた。

 監視カメラに雑誌コーナーの脇を通ってドリンクの前で立ち止まる客の姿が映し出されてる。仕方ない、仕事へ戻るか。そうして、俺はようやく重たい腰を上げるのであった。





 コンビニには実に多種多様なお客様方が日々ご来店される。特に深夜帯となるとその変人率はグンっと高くなるのである。

「いらっしゃいませー」

 缶コーヒーとお茶と栄養ドリンク。全部飲み物だな……。無言でレジに通しながら客の様子を伺う。
 客の男は身長が高く、黒のジャケットと細身のパンツを着用していた。さらに、こんな深夜帯だというのに黒いマスクにサングラスをかけている。ぶっちゃけ不審者にしか見えない。ってか不審者の鑑みたいな格好してやがる。タッパがある分余計に怖く見えるし、なんというか……圧が、すごい。
 夜中にサングラスって一体どんな感性をしているんだろう。不審者までは行かないとして、こんな時間の来店となると売れないホストかなにかだろうか。あっ売れないってのは決めつけがすぎるか。
 防犯カメラを一瞥して、レジの下に常設されている緊急ボタンの位置を指先で確認した。
 深夜のコンビニ勤務はだいぶ長いこと勤めてきたが、この緊急ボタンを押したことはこれまで一度もない。非行少年の万引きや酔っ払いの回収程度の警察沙汰は、あることにはあったものの、強盗だなんてそんな大それた事件、フリーターのダメ男である俺には荷が重すぎる。
 嫌だなあ、なんで今日に限って。「すみません!急な法事で欠勤します!」と出勤10分前に同僚より送られてきた連絡が脳裏に過る。深夜帯に急な法事ってなんだよ。つくならもっとまともな嘘をつけ。
 というわけで本日の夜勤は、俺一人のみなのである。

「今日はおひとりなんですか?」

 そう。だから失敗も事件も問題も、決して起こしていけないのだ。……ん?
 まるで見透かされたような質問に思わず袋詰めの手を止めて男の顔を凝視した。サングラスにマスクという武装された顔面からは、何一つ男の様子を伺うことはできない。
 ええ、まあ確かに一人ですけど。不審者疑惑の男に対して素直に答えてもいいのかわからず、「えっと……」などと返答に困っていると、男はアッと声を上げて徐ろにマスクとサングラスを外し始めた。

「すみません、こんな格好じゃ怪しいですよね」

 なんだ、自分でもわかってたんだ。今さら外したところで人の第一印象ってのはそう簡単に覆ったりはしないんだからな……。
 警戒心をばちばちに抱えながらも袋詰めを終えた俺は、現れた素顔に見事に目を剥いた。いな、剥かされた。な、なんなんだ……このくっそイケメンは。背景がきらきらと輝いている。その端正なお顔に圧倒されるが……はて、その顔に見覚えはない。まるで知り合いのように話しかけてくるから常連かと思ったが。いや、俺が覚えてないだけか……? 接客するとき、わざわざ客の顔なんて見ないし、覚えもあるわけない。俺が知ってる常連は酔っぱらったじいさんくらいだ。
 自身の日頃の接客態度の悪さに気が付くが、まあ俺なんて底辺の人間だし……。兎にも角にも不審者ではなさそうだし、ひとまず安心ということにしておこう。

「あ、いえ。もう一人は後ろで作業してるんすよ……お会計870円になります」
「そうなんですね。ありがとうございます。今日も、お疲れ様です」

 とはいえ、素顔を晒したからと言って安心安全が確定したわけではないのでさらりと嘘を言って退ける。
 爽やかに笑みを浮かべる男は今詰めたばかりのビニール袋から缶コーヒーを取り出すとそのまま差し出してきた。
 はて一体何事か。彼の意図を汲みかねていると、相当怪訝な顔でもしていたのだろう。男は笑いながら差し入れです。と言って半ば無理やり手にそれを握らせてきた。

「あ、あの……」
「頑張ってください」
「あ…はあ、ありがとうございます」

 男は俺の返事に満足したのか、会釈をしてコンビニを出ていった。
 入店時と同様に軽快なメロディが店内に響く。
 闇夜に紛れていく男の後姿をぼんやりと眺めながら、なんてスマートなんだろうと感動した。天は二物を与えずとはいうが、顔よし新調よし、さらにコンビニバイトごときに差し入れだなんて。モテないはずがない。あそこまでの人生勝ち組となると余裕も出てくるんだなあとしみじみ思ってしまうな。

「おっラッキー」

 差し入れてくれた缶コーヒーは俺がいつも好んで買っているものだった。あのイケメンが俺の愛飲しているものを知るはずがないので偶然だろうが、俺ごときにこの完璧なチョイス。すごい。ちゃんと顔覚えておこう。というか、あんな顔面の持ち主、そう簡単に忘れたりなんてしないだろうけど。
 もらったばかりの缶コーヒーのプルタブを引いて開ける。現在の時刻は深夜の2時半過ぎ。この時間はいつも酷い睡魔がやってくるが、今日はこの缶コーヒーでどうにか乗り切ることが出来そうだ。甘みのしないブラックを呷った。


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