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■ 君と繋がるまで

俺の一日はまず恋人からのおはようの連絡通知から始まる。
ただ少し寝坊癖のあるあの子は朝俺に連絡をするだけでいっぱいいっぱいのようだから、返事はあえて返さない。ただ、見たよ。おはよう、今日も一日がんばろな、という気持ちを込めて既読の印をつけるのだ。


あの子の朝の慌ただしい様子を黙って静かにうんうんと聞いてやりながらも自分の準備を終わらせ登校し、漸く学校へ着くと大抵はあの子はまだ来ていない。
空っぽの下駄箱を確認して、どうせまた遅刻ギリギリで教室へ駆けこんでくるのだろうと一人想像して微笑んだ。

騒がしい教室へ足を踏み入れるとクラスメイト達が次々に挨拶を寄越してくる。それに笑顔で返して自分の席に着くと不意に何か違和感に気が付く。
なんやろ。見たところ何もおかしいところはないのだけれど…。不思議に思いながらも、まあいいかと鞄の中身を机へと移動させて、ふと顔を上げる。あの子の声が聞こえた気がしたから。そしてそれは大正解で。

「おっ白石おはよー、相変わらず早いなあ」
「!青、おはようさん。…青はいつもより早いな?どないしたん?」

朝から眩しい笑顔で笑いかけてくるのは、あの子……俺の恋人である青やった。
しかしそのいつもとは違う様子に眉をしかめる。まだHR開始まで20分はある。いつもの青やったら先述した通り遅刻ギリギリに教室に飛び込んでくるはずなのに、今日の青ときたらいつもの眠そうな顔もしゃきっとしているし、どこか楽し気だ。
何かいいことでもあったのだろうか。俺の前の席に着いて椅子ごとこちらを振り返る青に、頬杖をつきながら笑ってどないしたん?と尋ねた。

「朝からめちゃめちゃ上機嫌やし。この時間に青の姿が見れるなんて超レアやん」
「んっふっふ、やっぱりわかるかあ。流石白石、俺の事よう見てるな」
「お、朝から教室でイチャつくか?ええで、皆に見えるようちゅーでもしたろか」
「やっめ!俺はもうあれやから、そういう軟派な事は出来きひんから、堪忍な白石〜」
「……んー。どういう事や、何かあったん?」

青の台詞に一瞬顔が強張った。しかしまたすぐに笑みを浮かべて、それをもう崩さないままに話を続ける。

青はそんな俺の一瞬の表情の変化に気が付きもせず、尚も楽しそうに、嬉しそうに絶えない笑みを浮かべながら実は……と自分の机の中身から何か一枚の封筒を取り出した。真っ白な封筒に少し丸文字で書かれた青の名前。この字は青のものではない。
何か嫌な予感がする、血の気が失せるよう頭が冴えていく感覚に、俺はうまく笑えてるやろかと、頬杖をついた手の平で自身の頬を抓るようにつまんだ。

「それ、なに?」
「聞いて驚くな、なんと!俺宛のラブレターや!」

羨ましいか?あげへんよ?はしゃぐ子供のようにそう言う青の声が、まるで水に沈んでいくようにくぐもり、遠く、ゆっくりと聞こえなくなっていく。
ラブレター?青に、?視界が暗く、遠くの方でまるで警戒音のような耳鳴りが聞こえる。青が、どこか遠くへ行ってしまう。俺の元から、誰か悪い奴らに連れ去られてしまう。

遠くから呼び戻すよう、俺を呼ぶ青の声が鼓膜を震わす。
意識が浮上して、ハッとすると不思議そうな顔をした青がまるで覗き込むようにして俺をジっと見つめていた。

「白石?何ボーっとしとんねん。」
「いや…。それ、どないすんの?」
「どない…って、そら受けるに決まっとるやろ。隣のクラスの深見沢さんやで?普通にかわええし、断る理由なんてあらへんやろ」

事も無げにそう答える青に唖然とする。何でそんな事が、普通に言えてしまうのか。青の様子に次第に悲しくなって、青の顔を見ていられなくてつい俯く。

なんで、なんでそんな事。俺のことがもう好きではなくなったのだろうか。遊びだったのだろうか。だって、昨日までは全部が順調やったのに。
なら、青が変わったのは全部、この女のせいか。感じていたはずの悲しみはいつの間にか、怒りへと変わっていて、今すぐにでも青の白いラブレターを破り捨ててやりたい激情に駆られる。

このままでは誰かも知らん女に青を取られてしまう。沸き立つような怒りと、危機感と焦燥感に駆り立てられ拳を強く握る。どないしたらええんやろか、どうしたら青は俺のモノになってくれるだろうか。そもそも青は俺のモノじゃなかったのか、なら青は今まで誰のモノだったのか。

もう、なんだっていい。青は誰にもやらへん。重たく、どんよりとしたそれだけが胸の中で静かに広がっていく。
机の上に置かれた白い封筒をなぞる。破り捨てる?そんな阿呆なことはせん。知らしめてやらなければ、意味がない。


「俺は?」
「ん?」
「どないすんの、俺の事は。捨てるん?やっぱし、男よりも女の方がええの?」

「あー……いや、いやいやそんなんちゃうって!白石の事好きやし大切にしたい思ってたけど、やっぱし俺にはお前のカノジョなんて務まらへん…きっと俺とおらん方が幸せになれるから……俺以外の奴と幸せになって、蔵ノ介……」

そう言って泣き崩れるよう俺の机の上に突っ伏す青の旋毛を何の感情も浮かばない瞳でジっと見つめる。
俺と青の会話を聞いていたであろうクラスメイトの笑い声が遠くに聞こえて、微笑んだ。
ああ。そう言うことか。青の様子に、ようやく納得がいく。
俺に引き留めて、嫉妬してほしいからこんなことするんやろ。今まで誰にも俺たちの関係は明言した事がなかった。不安だったのだろう、俺が本当に青のことを愛しているのか。

なら青がほしいもん全部あげる。嫉妬も、愛も欲情も、全部全部、俺の全部を青に。


突っ伏す青の頬に両手を添えてゆっくりと顔をあげる。涙なんて一つも流していない青は不思議そうに目を丸めている。ああ、可愛い。愛しい。好きだ。誰にも渡したくない。

俺は青の唇に、自身の唇を重ね合わせた。
それは、俺と青の初めてのキスだった。


「っ!?っ、おい!えっ、なにして……」

慌てて身を引く青。周りからは黄色い歓声が溢れ出る。
俺から目を離せず、ただ驚きと困惑が隠せないといった表情で口を開閉する青に俺は彼の手を掴んで、静かに青の名前を呼んだ。

「あかん。青は俺のもんやから、そういうのやめて。辛いわ」
「は……?え、…何、いって、」
「不安やったんやな、そんな気持ちにさせてすまんかった。俺はちゃんと青が好きやから、大切にしたい思うてんねん。せやから、もう俺以外見んといて」

「し、白石、いや、ごめん、ちょっと付き合いきれないっちゅうか、流石にもうええやろ…?」
「おん。あとで一緒に謝りいこ。深見沢さん?やったっけ、俺もついてくわ」
「いや、あの、白石」

目を白黒とさせ、言葉に詰まった様子の青に微笑む。今までこんなことしたことがなかった。だから混乱して、恥ずかしくって、何をどうしたらいいのかわからないのだろう、青の様子にこんなことならもっと早くからこうしておけばよかったと思う。
一部始終を見ていたクラスメイトの女の子たちの話し声に、これで妙な告白も無くなるやろと満足気に頷く。

「白石くん、ほんまに高瀬くんと付き合ってたん?」
「おん。せやから青にちょっかいかけへんでな?」
「ちょ、ちょっと、白石…!」

「今さら浮気せえへんから、安心せえって」
女子と話しているのが気食わなかったのか割って入ってこようとする青の頭を優しく撫でる。瞬間照れたように動きを止めて俺を凝視する青にほんまにかわええなあと無意識に呟いていた。

「ほんまなんやなあ、お二人さんお幸せにな!」

クラスメイトからの温かい拍手が教室に溢れんばかりに広がっていく。
ああ俺は幸せもんや。大好きな青と付き合うてることをやっとみんなの前で公言することが出来て、しかも受け入れられるなんて。

「……違う、」

青の呟くような、小さな声が大きな拍手に飲まれて消える。
ああ、ちゃうよなぁ。かわいそうに、誰も青の言葉になんて耳を傾けない。

絶望に慄く青の様子に瞳を細めて、微笑んだ。



(次ページ裏注意)

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