七日一話 | ナノ
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今日も秋晴れ


(1/3)


それはようやく夏も終わり、空は高く吹く風が冷たくなってきたある日の昼下がりの事だった。
つい一週間程前までは夏の名残のあった町の風景も今やすっかり秋色に染まっている。商店街の八百屋に並ぶ色とりどりの果物に目を向けて、あーええな、食欲の秋やなぁなんて考えたりしているとふと、視界の端に何かが映り込んだ。ほとんど反射的にそちらへ目を向けると、美容室前。綺麗な亜麻色の髪をした女性が店主と店先で無邪気な笑顔を浮かべながら何やら立ち話をしていた。

「ほんまにめちゃめちゃええ色やわ、店長ありがとう!」
「元がええからな、次は来月やな?お待ちしとります〜!」

そこで丁度話の区切りがついたのか、女性が店主に手を振ってそのままこちらへ向かって歩いてきた。それはなんてことのない、商店街ではよく見かける光景だというのに、そしてたまたま彼女の行く先がこちらの方面だったというだけなのに、なんなんやろうか。一体、この胸の高鳴りは。なぜこんなにも、視線が奪われる。

女性が亜麻色の髪をかき分ける。タイル張りされた商店街の地面にヒールがこつん、こつんと高い音を鳴らして、少しずつ距離が縮まっていく。彼女が、こっちに向かってくる。伏目がちの瞳が正面を向き、目の前で立ち尽くす俺を捉えて、…そして視線が重なる。

「・・・ぁ、」

あ、かん。目が合ったこの瞬間、何かを見つけたようにその場で立ち止まる彼女。俺の体の自由もまるで何者かに奪われてしまったかのようにピクリとも動けなくなって視線は彼女に釘付けだ。見つめ合った二人の間に流れるこの空間だけまるで時が止まったような錯覚を覚えた。

しかしそんな事があるはずもなく。
彼女は黒目がちな瞳を少し見開いて、そして次には柔らかな微笑みを浮かべた。

「おーい!こっちこっち!」

「…ぉ、へ!?」

・・・え、!?そんな事もあるはずなく・・・って続く流れやったやんか。えっ、お、俺に手を振って、俺に、…!?
突然の事に頭の中が爆発している。パニックもええところや。もしかして俺が覚えてなかっただけで知り合いだったのやろうか。いやしかし、俺の記憶上あのような綺麗な女性は、少なくともお互いがお互いを認識し合うような…つまり知り合いではない。はずだ。
ならばあり得るとしたら、彼女は、…俺の・・・ファン…?!

「こっち!」
「あ・・・お、おー・・・」

そんな…あんなきれいな女性が俺のファンのはずあるだろうか。いや、逆にファンでなくてなんだというのだ。無邪気に笑ってこちらに手を振る女性は輝いて見える。その眩しさに目がやられ直視できなくて、まるで夢のようで。
風が強く吹く。それは先ほどまで冷たく感じていたのに、全身が火照って仕方がない今はその風は丁度良く、心地いいとすら思えた。

どんなに照れくさかろうとも彼女がこちらに手を振っている以上そのまま無視するわけにも行かない。よし、と心の中で自分に喝を入れ、緩む口元を隠しながらも彼女の笑顔に応えるべく少し手を上げた。
それから、どうしようか。連絡先を聞いても、迷惑にならないだろうか。いや迷惑になんてなるわけもない。…なんたって、彼女は俺のファ…。

「ここにおったんか」

俺のすぐ横を風が切る。
男の低めの声が秋の乾いた風に乗って、通り抜けていった。

「浩一!丁度今終わったところやから」
「んー。あ、髪色ええやん。似合っとる」
「えへへ、せやろ。」

目の前で交わされる会話に俺は一瞬呆け…そしてすぐに状況を把握した。誰か、数秒前の阿呆な事を考えていた俺を殴ってほしい。ついでにこの遠慮がちに上げた右手をそっと下ろす俺の記憶と、それから周りの人間の記憶も抹消してくれへんかな。

俺の存在など元からないと言わんばかりに何も気にせずに女性の髪を掬い上げる男の顔は見えない。俺の位置からは男の後姿のみしか見えなかったが女性の嬉しそうな笑顔にすべてを察して、俺はぐっと唇を横に結んだ。ふと、女性の不思議そうに丸められた瞳が男越しに俺を貫く。
や、やめて・・・そないな目でこっち見んといて。いたたまれずに顔を背けて商店街の端の方へ歩いていく。なんて惨めなんやろか。消えて無くなってしまいたいとさえ思えた。…せやけど、彼氏がいたとしても、彼女の視界に映り、そして俺を認識してくれたと考えるだけで心臓が爆発してしまいそうになるのは一体なんなんやろうか。
あんなに恥ずかしい思いをしたばかりだというのにどうにも名残惜しく思ってしまって、そっと彼女の方へと目を向けた。
もう俺への関心は無になったようで、彼女は彼氏と楽しそうに談笑しながら俺のいる方とは逆方面へ向かって商店街を歩いていく。亜麻色の髪がよく冷えた風に吹かれて靡いていく。

その後姿をぼんやりと眺めながら、また会えるやろか。次会った時は、きっともっとかっこええ姿を見せたい。こんなダサい男のままで終わらせられないわ、と熱の籠った小さなため息を吐き出すのであった。

これは名前も知らない。その上彼氏のいる女性に恋をした、俺の小さな恋の物語。





……なわけあるかい。今時そんなクソ寒い台詞、少女漫画でも使わへんやろ。夢見すぎやし頭ん中とんだお花畑でもはや鳥肌通り越して悪寒がしますわ。
俺の名前は八代 浩一。忍足謙也が目をハートにさせ、じっと見つめる先にいる女性……の、隣にいる男だ。ちなみにこの女性は俺の彼女ではない。彼女の名前は八代 茜。姉である。

「姉ちゃん、なんか妙な視線感じる。さっきの男知り合い?」
「んーや、ちゃうよ。あんな遠い距離から手振ったら勘違いしてもおかしくないもんな・・・恥ずかしい思いさせてもうたなあ」
「…せやな。もう今日は帰らん?なんや興が削がれたっちゅーか…」
「何言ってんねん。まだ買い物終わっとらんし、次は薬局やな。ほら、さっさと行くで浩一」

隣を歩く姉は上機嫌に俺の腕へと手を絡ませるとそのまま歩調を早めて半ば俺を引きずるようにして歩いていく。
ようそんなちっさい身体に俺引きずるだけの力あるわ。姉の馬鹿力にげんなりしながら、ふと思い立つように顔だけ後ろを振り返った。まさかまだ立ち尽くしていたりしないやろな。

一部始終を見ていたが、忍足謙也は実にわかりやすかった。あの横顔は完全に姉に一目惚れをしてーーそしてここから先は憶測だがーー俺の登場に勝手に失恋しているといったところだろうか。直接口にしなくとも、忍足を見ていたらそれは嫌という程伝わってきた。
なんというか、印象通りっちゅーか、聞いていた通りっちゅーか。

振り返った先に、忍足謙也はもういなかった。少し安堵する。忍足謙也。隣のクラスでテニス部のやつ。直接話した事は無いが友達が忍足謙也の友人でもあるのでよく話は聞いていた。阿呆やけどええ奴。あと足が速い(慣用句の方やなくて物理の方やぞ)
せやから姉から美容院が終わったと連絡が来て、迎えに行く途中であの派手に脱色された頭を見かけた瞬間、あっ忍足謙也。と瞬時にあいつの事を認識出来たのは日頃の忍足談義の賜物といえるだろう。あちらが俺を知っているかどうかは知らんけど、まあ世の中には逆に知らない方が幸せなこともあるかもしれない。
なんにしろ、今日も秋晴れいい天気でうんざりしてまうな、ちゅーことやわ。

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