七日一話 | ナノ
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僕とアイスコーヒー


(5/9)


誰も聞いてはいないだろうが言わせていただく。俺は今、すこぶる機嫌が悪い。

なぜかと言えば答えは簡単、せっかくの休日だというのに朝から光に小言を言われまくり、更にはこの変態とまで言われたのだ。ふざけんな誰が変態だ。健全な男子高校生はみんな変態だろうが。
だからお返しとばかりに変態は誰だよ!このむっつり!すけべ!なんてちょっと強めに言い返したのがまたまずかった。光は表情を無にすると無言で距離を詰め(あれ既視感)俺の完璧にセットされた髪の毛をあろうことかかき混ぜたのだ!俺の二時間が!

『お前、ほんまもうやめえや。男が男狙うとかきしょいねん』

俺の二時間…とそれから、これまで生きてきた18年を否定するようなその台詞に頭が真っ白になる。このやろう、言わせておけば好き勝手言いやがって。ふつふつと湧き上がるのは紛れもなく怒りだった。
いつもだったら軽く受け流せていたはずのそれも、今日に限ってはどうにも我慢ならなかった。そうして気が付けば、俺と光は取っ組み合いの喧嘩を行っていたのである。




時刻は正午、駅前のカフェにて。お待たせ、と現れた私服姿の白石を一瞥してすぐに視線を外す。
汗をかいたアイスコーヒーのグラスに口をつけて、蚊の鳴くような声で返事を返した。

「ん?あれ、めちゃめちゃ不機嫌やな。どないしたん?」
「や。別に」

そうぶっきらぼうに答えてからから、しまったと思う。これじゃ完全に八つ当たりだ。
俺の様子に眉を上げ、おや、という顔をする白石に今さらながら申し訳なくなり、顔を見れずに項垂れる。
どこか心配するように俺の名前を呼ぶ白石を、恐る恐る上目遣いで伺って、白石のその表情にああ本当俺のおバカ!おブス!と自分に嫌気が差す。白石は今日もいつもと何一つ変わらず、素敵なノンケなのに。深く息を吐いてアイスコーヒーのグラスについた水滴を指でなぞった。

「ごめん、家出る前にちょっといろいろあって…」
「謝らへんでええよ。なんや、家族と喧嘩でもしたん?」
「…うん、まあ、そんなとこ」

席に着いてそっかあ、と相槌を打つ白石に小さく頷いて、氷が解けて随分薄くなってしまったアイスコーヒーを呷った。

朝の取っ組み合いは光の母親によって中断させられた。(ちなみにめちゃめちゃ怖かった)
しかし未だに腑に落ちないのは、喧嘩の際にわき腹に入った蹴りのお蔭でそこは今もまだ熱を持ち痛む上に、俺の気合の入りまくった二時間かけて作った髪の毛は崩れ、結局ものの10分の仕上がりになってしまったからで(10分も二時間も全然変わらんやんと馬鹿にされたのもまじむかつく)
もう本当に、本当に、せっかくのデートが台無しでほんとーに光あいつは許されない事をした。まあこうやってデートとかいうと、またきっしょ死ねやとか言われるんだろうけれど、今はもうやられたら倍返ししてやるくらいの意気込みであるのでそれを言われた時点で学校の放送室で俺と光が従兄弟同士なことを公表してやるつもりだ。とまあ、そんな大人げない俺のことは置いておいて。


「ひ……従兄弟と喧嘩してさ。大阪きてから、あれするなこれするなって禁止事項ばっかり、」

大体光は俺の事となるとなんでもかんでも口出ししすぎなのだ。確かに自分の生活が大切なのはわかるけれど、それにしたってもう少し自由にさせてくれたっていいじゃない。と俺は思うのである。もう大阪に来て2ヶ月は経つ。それなりに馴染んできたしこちらのルールというものもなんとなくわかってきた。もう光が目を光らせて俺を監視する必要などないというのに、全くあいつはいつまで過保護を続けるのか、考えただけでもため息が出るしイライラしてしまう。

「うあーむかつく!まじもうあいつブチおか……」
「?ぶちおか?」
「……」

ブチ犯してやりてえ!!!というような非常に汚い言葉を言いかけましたが間一髪のところで言い留まりました。あーっぶねー!最近失言が多いから気をつけなければと思っていた矢先のこれだ。言いたいことも言えない、やりたいことも出来ないこの生活を続けていれば、当たり前のように着実にストレスが溜まっていくのである。ポイズン。
ため息を吐く。例えストレスの果てに俺が光をブチ犯すことになったとしても、光は文句を言えないだろっていうか言わせないし。いや待てよ、それを光本人に言えばあいつは怖くなって余計な口出しもしてこなくなるんじゃ…。

「八代、八代、悪い顔しとる」
「はっ!ごめん、つい楽しくなっちゃって」
「なあに考えてたん?一人で楽しまんで俺も混ぜて」

そう言って、いたずらっ子のように笑う白石に目が奪われて、例のごとく下腹部がずきゅんと疼いた。
ああもう顔面が強い。そしてこの二ヶ月でわかったことは顔面だけでなく全てにおいて白石は完璧だということ。勉強も、部活も、人間関係だって非の打ちどころなど何一つない。
そして想定していたよりもずっといいペースで俺と白石との距離を縮めることが出来ているということ。聞いて驚くな、白石の部活が休みの日にはたまにこうして一緒に出掛けたりしているのである。これはもはやデートと言っても過言ではないだろう。
しかしそう能天気なことを考えてばかりもいられないのも事実、そう、非常に意外かもしれないけれどこんな俺にも気がかりなこともあるのだ。

この二ヶ月、大体の行動を白石と共にしていてわかったことだが、白石は少なくとも女の子から何度か告白を受けている。しかし白石がそれのどれか一つにでもOKと答えた様子はないのである。
年頃の男子高校生が異性からの告白を受けて舞い上がらない事ってあるか普通?まあ俺としてはフリーの方が落としやすいし狙いやすいということもあって文句など一つもないし、全然断ってくださって構わないですよむしろ俺がお相手しますよ!くらいの勢いなんだけど、頭の片隅、冷静な俺が「おい、本当に大丈夫か?」そう囁く。何が大丈夫か、なんてそりゃ決まっている。俺の狙いは確かか、と。そういうことだ。

「なあ白石くん。つかぬことをお聞きしても?」
「堪忍してや、八代くん。悪いけどいくら八代くんと言えどスリーサイズは教えられへんで」

え、白石のスリーサイズ?何それめっちゃ知りたい。
という欲求を必死に飲み込んで泣く泣く白石のボケを一蹴する。


「あはは、いやそれは大丈夫なんだけど」
「なんや冷たいなあ」

そんで?と楽しそうに頬杖をついて先を促す白石に無意識に喉が鳴る。優しげなそれは友達に見せるにしては少し甘すぎるような気もする。こんなの好きにならないはずなくない?こんな顔されても普通に白石と友達でいられるノンケって怖すぎなんだけど。
こんな顔を他の誰かに見せたりするんだろうか。これから先出来るであろう彼女にもおんなじ顔をして話を聞くの?そう考えて、胸が熱くなる。
う、っわー・・・。白石を落とせば、落とすことが出来たなら。完璧であるはずの彼も、初めての男である俺にハマるのかな、そうして男しか愛せなくなってしまって、もう女に対して同じ顔は向けることはないのか。それとも一時の気の迷いということにして俺との関係はなかった事にするのだろうか。どちらにせよ俺が白石に関わる事で、白石の人生を少なからず荒らす事になる…?なんだよそれ、最高に、滾るじゃん。


「ああ。いやさ、白石って彼女作らないのかなあって」

モテるだろ?そう何の他意もないように話をする。男子高校生なんだからこういう話をしたって何もおかしくはないだろう。白石はそんな事かと言いたげに笑うと頬杖を突いた手を机の上で組んで静かに話し出す。

「今はテニスしたり友達と遊んどる方が楽しいし、そういうのはええかなあ。それに女の子よりも八代と一緒におった方が楽しい」

白石は少し照れたようにそう言って、まるで誤魔化すように俺も何か注文しよかなと畳んであったメニューに目を向けた。その姿をじっと見つめて、いやなんですか今のは告白ですかとぼんやり思う。急にこの関係が、この距離が焦れったく思えて唇を噛む、でも俺はよく知っているはずだ。いまのは全て友達としての俺に向けた言葉であることを。ここで焦って押し倒したりなんかした日にゃ全てが終わる、まさに水の泡だ。
ここは一旦落ち着いて、冷静になれ。友達としてはなかなかいいところまで来ているのだろう、次はどうそっち方面に持って行くかが、鍵だ。

「白石、…俺も、白石といる時間が楽しい。好きだよ」

時間だけじゃなく、お前もな。
目を細めて心の中でそう続ける。そんな俺の台詞に少し呆けたような顔をして、おおきに、と呟く白石は心ここにあらずと言った様子で、それを意外に思う。勘違いかもしれないが、完全に脈なしというわけでもなさそうなその反応にこっちが面食らってしまった。
なんだろう、素質あり…ということなのか、それともあからさま過ぎて若干引いているだけだろうか。
どちらにせよ、白石のその予想外の反応に、いつもは気にならないはずの沈黙が少し気まずく感じる。
白石はメニューに視線を落としたまま顔を上げる様子はない。俺も特に何するでもなく、何を言うでもなく、ただ乾いた喉を潤すように、氷が解け薄くなり残り少なくなったアイスコーヒーを一気に飲み干した。


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