カボイの村 〜別れ〜
例の挑戦によって正式に村の勇者となったジョンインは、村の入り口で準備体操をしていた。そこへ、テミンがとぼとぼと駆け寄ってきて言った。
「ほんとに言っちゃうの?」
屈伸運動をしていたジョンインは背後からした声に反応して振り返った。
「当たり前だろ、勇者なんだから」
テミンはジョンインの言葉に暗い顔を俯かせた。がっくりとうなだれるさまは心から幼馴染である彼を心配してのものだった。ジョンインがふっ、っと笑って思い出の詰まった村を見渡した。
「俺はこの村を救う」
「……。……べつに、ジョンインじゃなくたって、いいだろ……」
顔をあげることなくテミンが消え入るような声で言った。ジョンデはそんな彼に振り返って心配するなとなだめた。肩のストレッチを始める。
「お前がいなくなったら……、おれ、……やだよ、」
テミンが頬を男らしくぬぐった。テミンは、泣いていた。けれども、これから厳しい冒険が待っている男に見せるまい、と変わらず下を向いていた。ぐすり。ぐすり。鳥も鳴いていないほどの朝早い村に鼻をすする音だけが響く。
ジョンインは何にも言わずに一人、ストレッチを続けた。それは固く決意をした、漢の顔だった。
「あのさぁッ……、っジョンイナァ、なんでだろ、っ」
「……んー?」
「俺の一番大事な、幼馴染がさァ、……こうやってッ、勇者になったなんて、 ほんとに、誇らしい気分、なのに、い……」
「……うん」
「っ、ふふ、っ……な、なんでかなぁ、? 涙が、……止まらないんだよね……ッ、 !」
「……、……うん」
ジョンインは嗚咽を漏らして双眸を濡らすテミンをそっと引き寄せた。そうして、わざと優しく微笑んでやって、震える肩をゆっくりとゆっくりとなでた。しゃくりあげるように泣くテミンはジョンインのたくましい背中へ腕をまわしてきつく抱擁をした。
「ばかテミン」
ぽつりとつぶやいた。ジョンインは笑ったままだった。うるさい、とくぐもった涙声でテミンが頭をこすりつけた。ジョンインは軽く息を漏らすと、一緒に村で成長してきた男の頭をぽんぽんとなぐさめるようにしてたたいた。
しばらくそのままでいた二人は、そしてどちらからともなく離れた。二人の間にテミンの鼻水が伝っていた。
「きったね」
「黙れ、」
「きったねえー」
「黙れったら、ばかジョンイナっ、……はやく行け!」
「ふふふ、……あーあー、言われなくても」
ジョンインは村長が用意してくれた馬に乗った。下から赤い目をしたテミンが睨みあげた。
「まだなんか用か」
「べつにっ」
ジョンインがぶっきらぼうに聞き、同じように、テミンもぶっきらぼうに返した。素直じゃないないなあ、なんかもっと賞賛の言葉とか浮かばないのかよ。鼻で笑った。
「はやく、行けったら」
そっぽを向いて、テミンが顎をしゃくった。ジョンインは満足げにそれを見たあと、なんにも言わず、馬を走らせ村を出て行った。どんどん小さくなっていくジョンインはついにテミンの見えなくなるところまで走り去っていった。
ひとり残されたテミンは、いまだにそっぽを向いていた。
「……行くな、」
そうつぶやいたテミンの声はちょうど吹いてきた風によって掻き消された。