僕の名前は―…
なんて、ありきたりすぎる小説の冒頭みたいに。
その転入生は俯きがちにそう言った。
あたしは別に転入生に興味を持つつもりなんて無かった。
自分のことを僕って言う女の子を見るまでは。
転入生が「僕」、と言った瞬間、クラスがざわついた。

クラスの男子は1人も自分のことを「僕」と言う人なんていない。
ましてや、女子なんて、もっての他だ。

「っし、しし、汐田、かっ、かかか、要、で、ッす」

だんだんと消えていく声。
ししししおた?かかかかかなめ?
転入生はキンチョウの所為か、がたがたと唇を震わせていた。
その時初めて気付いた。(あ、この人、めちゃくちゃかわいい。)
栗色のふわりとした長い髪の毛、くりくりとした大きな瞳。
頬が、少しピンクがかっていて、桜色をした唇。
女の子って、こういう子の事を言うんだ、と思うくらいだった。

「汐田要くんだ。皆、仲良くしてやってくれ」

見かねた担任の小谷が、そう言った。
汐田は、にへ、と力なく笑った。
そういえば、このクラスの空いている席は、あたしの後ろの席だ。
小谷は、あたしの後ろの席を指さして、あそこだ、と言った。
汐田はよろよろと席に向かって歩き出した。
あたしとすれ違うとき、ふわりと甘い匂いが鼻をかすめた。
(ほんとに女の子って感じの女の子だ)
あたしはぼうっとしながらそう思った。
ちらりと汐田を横目で見てから、前に向き直ると、とん、と背中をつつかれた。
振り返ると、

「あ、っ、あの、ごめんなさい、えっと、んっと、」
「……落ち着いて」
「…あ、あのね、お、お名前、を、……」

女子なら隣にもいるのに。
なんであたしに聞いてきたんだろう。
そう考えてみたけど、答えは出なさそうだったから、あたしはすぐにその考えを取り払った。

「……伊藤慧、だけど、」

汐田の大きな瞳がさらに大きくなった。一瞬。
汐田はすぐに力ない笑顔に戻って、

「……けーちゃん、って、よ、呼んでも、い、いい、か、かな、?」
「……うん、いいよ」
「あ、僕の、こと、は、えっと、要、って、よ、呼んで、ねっ?」

「…うん。…よろしく」
「よっ、よろしくッ」

そこ、五月蠅いぞ。
小谷の怒声が飛ぶ。汐田の肩がびくりと跳ねた。
あたしは慣れっこだったから、小谷の小言を無視して頬杖をついた。
聞いてるのか、と言われたが、あたしはまた無視をした。
授業中、ずっと汐田の力ない笑顔が頭から離れなかった。
(なんだこれ、あたしはとうとう頭がおかしくなったのか)
あたしはべし、と自分の頭部を叩いてみた。
痛いだけで、おかしいのが治ったのかは分からなかった。

「ね、っねえ、慧っちゃんっ」
「…、その喋り方どうにかなんないの?」
「ごっ、ごめんっ」
「…別にいいけど…。で?何か用?」

「あのね、っ、お弁当、一緒にね、食べたいのっ」

おねがいっ、と、汐田は顔の前で手を合わせた。
あたしは、

「…あたしは屋上で食べるけど、あんた高い所平気なの?」
「平気!」

汐田はにっこりと笑った。






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