黄瀬涼太という男は実に面白い。生まれ持ったその美貌と驚異の運動センス、さらにはモデルという肩書きのおかげで、彼の周りは常に色めき立った女子で溢れている。そんな彼女達に日常的に王子様スマイルやウィンクを飛ばす黄瀬は、女の子の扱いには当然長けているし、そんじょそこらの男子よりは遥かに乙女心なるものを理解しているように思う。

 それなのに彼は今日も私の気持ちに一切気付く様子はなく、ファンの女の子達に向けるのとは違う“幼なじみ用”の顔で近付いてくる。私だって黄瀬に対する想いは彼女達と何ら変わりないのに。本当、面白い男だ。

 ……というのはもちろん皮肉で。確かに黄瀬のような人物と幼なじみであるというのは鼻高々だし、それだけでファンの女の子達を見下げている部分も無くはないけど、幼なじみという特別枠にいるせいで少なくとも黄瀬ファンの子達からの好感は芳しくない。だからその件についてなるべく触れないように高校生活を過ごそうと決めていたのに、生憎そういうことに疎い我が幼なじみは平気で私のことを「みょうじっち」と呼び、時々「一緒に帰ろう」だの「そのおかず美味そうっスね! もーらい!」など親しく接してくる。それが私にとってどれだけ辛いのか、この男は一ミリも分かっていないのだろう。

 放課後のダルい委員会会議が終わり、部活動もしていない私はさっさと帰ろうと下駄箱へ向かった。すると下駄箱の隅に潜む一つの人影が。よく見てみると、時折チラリと見え隠れする綺麗な黄色の髪の毛が、その人物を教えてくれた。

「黄瀬、なにしてるの?」
「ひっ! ……なんだ、みょうじっちじゃないスか」
「かくれんぼ?」
「まぁそれに近いかも……。ファンの女の子達から逃げてるんスよ」
「あぁそ……」
「匿ってくださいよ〜、みょうじっち〜!」
「私より図体デカい奴を匿えられる訳ないでしょ!」
「え〜……」

 自分に対する沢山のラブコールから逃げてきているのに、同じく自分にラブコールする女子に匿ってもらおうなんて、本当鈍すぎて呆れちゃうよ。ここまでいくと寧ろ悲しくもなってくる訳で。敵を作りたくないから、告白とかそういうのはしなかったけど、でもこの気持ちには気付いて欲しい。そんな我が儘で自分勝手な幼なじみで申し訳ないとは思うけど、どうやったって黄瀬を好きだという想いは止められない。

 未だ強張った顔で、辺りをキョロキョロと見回しながら警戒する黄瀬の手を取り、そのまま人気のないルートを通って人気のない場所まで走った。

「ちょ、いきなり何スかみょうじっち……!」
「ごめん、ちょっと頭にきて」
「なんで!?」

 肩で息をしながら、寂れた倉庫の前で立ち止まり呼吸を整える。掴んだ黄瀬の手はまだ私の手の中。こんなとこ誰かに見られたら一大事だ。用事を済ませたら早く帰ろう。

「なんでって、黄瀬が匿えって言うから匿ってあげたんでしょ」
「確かにここなら誰にも見つからなさそうっスね」
「黄瀬って本当にニブいんだね」
「え、何がっスか?」
「ここ、ウチの学校じゃ絶好の告白スポットとして有名なんだよ」
「へー、知らなかったっス! まぁオレの場合みんなオープンなんで、こんな場所必要ないっスね」
「…………」

 呆れた。私の精一杯のアプローチだったのに。なんか泣きそう。泣き落としなんてそんな女々しい作戦は絶対に遠慮したいからしないけど、……ダメだ、目の奥からグッグッと熱いものが押し寄せてくる。それを見られたくなくて、くるりと黄瀬に背中を向ける。

「……あんたには必要なくっても、私には必要だったの! もうどうすれば黄瀬のこと好きだって気付いてもらえる訳?」
「へ?」
「なーんで分かんないかなぁ」

 今度はもう一度黄瀬の方にくるりと体を傾け、最後のセリフはムスッと睨みながら皮肉たっぷりに言ってやった。

「……だ、だったら!」

 しばらくフリーズしていた黄瀬が口を開く。

「だったら、もっと分かり易くアプローチして欲しいっスよ! オレはこんなに分かり易くアプローチしてるってのに……」
「へ?」

 今度は私がフリーズする番となった。黄瀬の分かり易いアプローチってなんだ。今までそれらしい出来事なんてあったかと記憶を辿ってみるが、特に見当たらない。私の知っている黄瀬は、ただの幼なじみの黄瀬涼太だ。

「黄瀬がいつ私にアプローチしたっけ……」
「まったく、ニブいのはどっちだって話っスよ。じゃあオレも言わせてもらうけど、“なーんで分かんないっスかねぇ”」
「きゃー、コピるな! 恥ずかしい!」

 乙女心に不得意ではない奴が私の気持ちには気付かないなんて鈍い奴、って思っていたけど、どうやらそれはお互い様だったようだ。今更になって恥ずかしさが込み上げてきた私は、この二人きりの現場を見られないようにするためと偽って、さっさと家路に向かった。


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