“掴みどころがない”とはよく言ったもので、私の好きな先輩は掴まえるどころか触れる事すらも出来ないような、そんな人物である。

 そんな掴まえられない先輩にめげずにアタックをかますのは他でもない私だ。

「今吉先輩、好きです! 付き合ってください!」
「無理、すまんの」

 いつもと変わらない胡散臭い笑みを浮かべて、今吉先輩はえらく爽やかにそう言い放った。もう一体これで何敗目か、渾身の告白虚しく今日も惨敗である。私だって好きでフられ続けている訳ではない。でもそれよりも先輩への想いの方が勝って、……この有り様だ。半ば意地でもある。

 じゃ、と片手を上げて踵を返す先輩に待ったをかけてもう一度対面する。

「もー、なんやねん自分」
「先輩、一つだけ聞いてもいいですか?」
「お前それ聞いてもうたら後なくなるで」
「ハッ! じゃあ二つだけ聞いていいですか!」
「ええよ」
「先輩は私のこと嫌いですか?」
「…………」

 意地が悪いくせに、時折一瞬だけ見せるストレートな優しさを私は見逃さない。先輩のおかげで聞けた二つ目の質問が、当人をほんの少しだけ戸惑わせたようだった。笑顔が消えて、代わりに眉毛がピクッと動いた先輩の、その口が開くのを待つ。

「別に? 嫌いじゃあないで」

 少し間を空けた割には先輩の返答は軽妙で、その表情も先程と同じ、全く笑っていない笑顔に戻っていた。

「嫌いじゃない……」
「好きでもないっちゅう事や」
「嫌いじゃ、ない。……難しいです」
「二つ目聞いたで。もうええか?」
「先輩、あと二つだけ聞いていいですか!」
「……はぁ。なんや、言うてみ」

 やっぱり今吉先輩はなんだかんだ言って優しい。今だって私の我が儘な三つ目の質問に、溜め息を吐きながらもちゃんと聞いてくれる。だから好きになるのをやめられない。

「先輩の彼女の条件って何ですか?」
「今日はえらい質問責めやなぁ」
「すいません、でも気になります」
「んー、何やろなぁ。考えた事ないけど、温良貞淑な女の子、はやっぱ可愛えんちゃうか?」
「お、おんりょ……?」

 私が絶対知らないのを分かってて、あえてその言葉を強調する先輩が憎らしい。おんりょうていしゅく、って何だ。だがそれを本人に聞くのも憚られるので、後でスマホを開いて調べる事にする。

 仮に私がおんりょう何とやらになれば、今吉先輩は振り向いてくれるのだろうか。……否、先輩はいつも私の呼び掛けに振り返ってくれている。じゃあ一体どんな女になれば、先輩は私を好きになってくれるのだろうか。そんな事を考えても答えは一向に見付かりゃしないし、直接聞いてみたってそれは依然雲を掴むようなものだった。

「わざわざ調べんでもええで。みょうじには一生関係のあらへん言葉や」
「私が後で調べようとしていたのが何故バレた……」
「お前の考えてる事なんか手に取るように分かるっちゅうねん」
「それだけ私のことを見ててくれてるからですよね!」
「せやな、嫌でも視界に入ってくるしの」

 私が一生かけても当てはまる事のない先輩の彼女の条件。一見絶望的とも思えるが、それが中々どうして嬉しく思えるのか。それは他でもない今吉先輩の所為だった。

「まー、せいぜい頑張りや。努力は実を結ぶ言うしな。ワシは明朗闊達な奴も“嫌いじゃない”で」

 さっきまでポケットに突っ込んでいた左手をヒラヒラさせながら、私に背を向け去って行く今吉先輩。めいろうかったつ――、字こそ分からないが何となく意味は分かる。

 努力し続ければ、私にもいつか報われる時が来るのだろうか。そんな風に思わせてくれる先輩はとても狡くて、とても格好良い。何をしてもスルリと隙間を抜けて行く“掴みどころのない”先輩は、やっぱり掴まえる事こそ出来なかったけれど、触れる事ならほんの少しだけ、初めて出来たような気がした。


舌先五寸はとても甘い(130926)

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