天体逃避行 | ナノ
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おひさまのにおい
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今日は、とことん運が悪い日だったんだと思う。

道端の溝に落ち、熟れた柿が頭に直撃し、物売りの荷車に轢かれかけ、野犬に追われ、お昼ご飯に食べたうどんで舌を噛み、更には財布を忘れていた。さてどうしようと半べそで困っていたわたしだったけれど、なんと、偶然にも(当人にしてみれば不幸だったかもしれない)通りがかった人物がいた。後輩でもあり、弟弟子でもある炭治郎くんだった。炭治郎くんは、切なさで死にそうになっていたわたしにお金を貸してくれた。そう、後輩に、お金を借りてしまった。なんとも情けない話ではあるが、九死に一生を得たのだった。わたしがあまりにもめそめそしょんぼりしているものだから、流石の炭治郎くんも苦笑いだった。情けなさが天井を突き抜けて行きそうである。

「本当にありがとう炭治郎くん…必ずお金は返します…利子もつけてお返ししますね…」
「えええ!?い、いや、気にしないでください!?お金も、いつでも大丈夫ですから、ね!」

優しいなあ。炭治郎くん、ものすごく優しい。

「今日はもう、トコトンついてない日なんです…炭治郎くんに会えてよかった…」

対してわたしは半泣きである。それからはつらつらと、先ほどのうどん屋に辿り着くまでに起こった不幸の数々を話していた。炭治郎くんは、最初こそ大変でしたね、なんて優しく相槌を打ってくれていたのに、だんだんと引き気味になり、それから「なまえさん…人間って、一度にそれだけ不幸な目に遭えるんですか…??」と哀れみをたくさん込めた眼差しで聞いてきた。ええ、それは、わたしも知りたい。

もう、今日は家に帰ろう。近くにある藤の紋のお家にお邪魔させてもらって、暖かいお風呂でゆっくりして、寝てしまおう。明日がどうなるかなんてわからないけれど、今日よりも運の悪い日なんてそんなに連続で来るはずがない。いや、来ないで頂きたい。

「、わあ」

普段ならそんなことはないはずなのに、今日の運の悪さはまだまだ健在だった。道端の石に躓いたのだ。緩やかに体勢が崩れて前のめりになる。炭治郎くんがわたしの名を呼んで、あわてて手を引いてくれたけれど時すでに遅し。炭治郎くんも巻き込んで、往来で派手に転んでしまった。

「だ、大丈夫ですか、なまえさん…」

しかも、炭治郎くんを下敷きにしてしまった。

「炭治郎くん、…ごめん…ほんとうにごめん…」
「いえいえ、なまえさんに怪我がなくてよかったです」

とはいえ、炭治郎くんに抱き止められているこの状態はとんでもなく恥ずかしい。後輩にどれだけ迷惑をかけているんだ、わたし。

「あ、…」
「え?」

視線を上にした炭治郎くんにつられて、わたしも彼の視線を追ってみると、そこには、見慣れた、羽織と、無機質な瞳が、こちらをじっと見下ろしていた…?

「冨岡さ、ま…」
「…」

慌てて炭治郎くんとふたり、立ち上がる。冨岡さまはわたしたちをゆっくり眺めて、それからため息をついた。

「あの、冨岡さま、これは…」
「…、」

特に何も言わず、冨岡さまはくるりときびすを返して歩いていってしまう。本当に、何を考えているかわからない!

「冨岡さま、待っ…、わああ!?」
「!?」

冨岡さまを追おうとしたら、足がもつれた。やはり今日はついていない!そのまま派手に地面に激突…しなかった。冨岡さまが、抱き止めてくれていた。

「もうし、わけ、ありません…」

何故か今日は運の悪いことが連続で起こるのです。と、先ほど炭治郎くんに話した内容を、またひとつひとつ冨岡さまへ報告する。冨岡さまのさすがの鉄面皮も、徐々に眉間の皺が深くなってきた。困惑しているようです。

「なまえ…、」
「笑ってください…」


今も、冨岡さまや炭治郎くんに助けてもらっているし。情けないことこの上ない…。

ふと、頭に何か触れた。わたしの頭を冨岡さまが撫でてくれていたのだと気づいたとき、わたしの顔はこの上なく真っ赤になっていた。炭治郎くんは気づいたらいなくなっていたし、わたしは冨岡さまに抱き止められたまま頭を撫でられているというとんでもない状態になっている。

「慰めてくださるんですか…ありがとう…ございます…」

冨岡さまの表情は少し悲しそうな感じがしたので、わたしを哀れんでくれているのだろう。優しい…冨岡さまも優しい…。

「今日は全然ついてない日でしたけど、冨岡さまに慰めていただいけたので、悪くないですね」

恥ずかしさもあるけれど、もしかしたら、今日は、そんなに悪い日ではないのかもしれない。ありがとうございました、と言い、冨岡さまから離れる。もう大丈夫。冨岡さまに励ましてもらえたのだから。

「さて、わたしももうひと頑張りですね!」
「…、」

突然、冨岡さまがぎゅう、とわたしを抱き締めた。

「ととととと冨岡さま!?どうしました!?!?」

当然、返事はない。それよりも強めにぎゅうぎゅう抱き締めてくれる。ちょっと、苦しい。

「苦しいです、冨岡さま…」
「…」
「冨岡さま、あの、…」
「……、…」

「…、義勇さん、離してください」

観念して名前を呼ぶと、腕の力が少し緩んだ。

「…、ありがとうございます。わたしは大丈夫です、たぶん、…」
「…、」

義勇さんの目は、ものすごくわたしを疑っていた。それはわかる。わたし自身、もう不運な出来事に遭わないなどという確証はない。

冨岡さまは、わたしから離れると、さも当たり前のようにわたしの手を取り、歩き出す。

「と、とと、冨岡さま!?!?」

おそらく、このまま一人だとまた転ぶのだろうと心配されている、気がする。道に迷って藤の紋のお家にたどり着けなくなってしまうとか…?今日のわたしならあり得そうで、それがまた悲しいです。

「…ありがとうございます、義勇さん」

「……、ああ」


小さな返事。それがくすぐったいくらいに嬉しくて。今日の、これまでに起こった不幸の数々が吹き飛んでしまうくらい、義勇さんから伝わる手の温もりがいとおしくなる。そっと手を握り返すと、義勇さんは指を絡めてきて、それにまたわたしは照れてしまった。藤の紋のお家に着くまでの少しの時間だけれど、わたしは一度も転ばなかったし、悪いことも起きなかった。

なんだ、今日は良い日だったんですね。