薔 薇 色 の 地 獄 。 | ナノ
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目下の泥濘【4】




「やあ、なまえ!この後は暇かな?」
「…、はあ」

前線で仕事を終えたなまえの前に、にこやかに現れる太宰。

「…、血がついている」

なまえの頬に、太宰の手が伸びる。

「返り血だ。…怪我は無い」
「うんうん、そうか。…この後は時間、あるかな?」
「…無くても貴方は連れていく積もりだろう」
「うん。じゃあ、一旦なまえの部屋へ戻ろうか!」
「貴方も来るのか…」

そして、太宰の用意した車に押し込まれ、半ば強引に部屋まで送られ、部屋の前で待っているよと笑顔で言われ。

(逃げられない…)

観念したなまえは、まずシャワーを浴びに行った。




そうして強引に連れてこられた場所は、小さなバーだった。シルクハットを被った男性の描かれている看板には英語で店名が書いてある。なまえには読めない名前だった。

「…る、…?」
「ルパン。小さなバーだけど、私のお気に入りだよ。なまえもきっと好きになってくれると思うな」
「わたしはお酒は呑めないんだが…」
「ノンアルコールで何か出してもらうよ。…なまえ、敬語が取れてきたねえ。うん、いいねえ。嬉しいな」
「貴方がしつこく言うからだ」
「だって、そうでもしないとなまえはずっと余所余所しいままじゃないか。前にも言っただろう?私はなまえと仲良くなりたいんだと」
「そうですか」
「急に敬語に戻さないでくれたまえ…」


からからとドアベルを鳴らして扉を開く。「どうぞ、」と促され、なまえは店に入る。スツールに猫が寝そべっていた。太宰はにこやかに猫に呼び掛ける。

「やあ先生、こんばんは」
「先生…」

先生、と呼ばれた猫はぐぐっと伸びて欠伸。意に介さない、と言わんばかりにスツールから降り、店内を歩き始めた。

「さあ、どうぞ」
「…、」

太宰に促され、カウンターのスツールに腰かける。隣に太宰が腰を下ろす。

「マスター、彼女にはノンアルコールでオレンジジュースと…。私には、いつもの」
「はい、」

なまえは改めて店内を見回した。

落ち着いた照明と、少しばかりの席。小さな店内はとてもゆったりとした空気が流れていた。

「…太宰さん」
「ん?なんだい?」

「どうして今日、ここへ…、」

連れてきたのか。そう問おうとしたとき、なまえは扉に人の気配を感じた。


「…太宰、来ていたのか」
「やあ、織田作」


オダサク。
聞き慣れない名前に、なまえは太宰の肩越しに顔を覗かせる。

「…誰だ、その子は」
「えー、知らないの?なまえだよ」
「なまえ…?」

なまえが立ち上がり、織田作の前に出る。癖のある赤い髪。無精髭。

「…みょうじなまえ、です。首領の護衛、前線の幹部の護衛。主に護衛の仕事を受け持っています」
「ああ。君が…、俺は織田。織田作之助と言う」

「織田作は私の友人だよ、なまえ」
「…そのようで」

友人がいるのか、とずいぶん疑っていたが、どうやら本当にいたようだ。

「織田作はね、絶対に人を殺さない奴でね。まあ、…変わってる奴だよ」


「貴方がそれを言うんですか、太宰くん」


また違う声がした。

「…安吾さん」
「え、なまえ、知ってるの??」
「首領の所に居たときに、何度か会った」
「お久しぶりですねなまえさん。最近は前線でもご活躍と聞いていますよ」
「…ありがとうございます」
「えー…、そうかぁ。知り合いだったのか…」

「…太宰さんの友人だったんですね、安吾さん」
「ええ。不本意ながら」

丸眼鏡。小柄なスーツの男性。ため息をつきながらやってきて、スツールに腰かける。


四人並んでカウンターに腰を落ち着け、各々、好きなものを呑んでいる。太宰がなまえを覗きこむ。

「なまえ」
「はい、」
「前に、私の友人に会わせたいと言ったろう?」
「ええ、…本当にいたんですね」

ごふ。
織田作がむせた。

「…太宰くんは余程、なまえさんに信用されていないようですねえ」

織田作におしぼりを出しながら、坂口が苦笑い。

「ねえ?安吾!ひどいだろう??私はこんなにもなまえに愛を囁いているのに!まあ、そんなクールななまえが好きなんだけれどね!」
「それは初めて聞いた。できれば今後は遠慮して頂ければありがたいです」

ごふ。
また織田作がむせた。

「ちょ、…太宰くんもなまえさんも、夫婦漫才はいい加減にしてくださいよ。織田作さんが窒息してしまいます」
「いやいや、…面白いんだな。なまえは」

面白いことは一切言っている積もりは無かった。けれど、太宰の友人と言う織田作に言われても、あまり悪い気はしなかった。



「…、それは、どうも」


「…、なまえ、?」



きっとまた辛辣な一言が来ると思っていた、太宰と坂口の目が丸くなった。


「…なまえ、熱でもあるの?」
「五月蝿い」






初めて会ったときは、まるで人形だった。『人形を拾ってきた』と首領が言っていたこともわかるくらい。なまえは感情も言動も、何もかもが乏しかった。

あれから数年。
接するたびに、彼女の表情は増え、太宰への罵倒のレパートリーは増え、(中也の入れ知恵と聞いたことがある)僅かではあるが、笑うことも増えてきた。



(このまま、『普通の女の子』に、いつかは)


からからとグラスの氷をまわしながら、太宰はふと、そんなことを思っていた。



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