同じ闇の中で【20】
なまえは、敦が飛び出していった霧の空を見つめていた。手には、太宰から頼まれていたアタッシェケース。
「さて、」
地響きが続くこのヨコハマ祖界から、太宰を探さなくてはならない。骸砦は一際大きな光と爆発音のあと、真ん中から見事にぽっきりと折れてしまっていた。その後から続く龍の出現と、その龍と闘っている誰か。今この地で何が起こっているのか、なまえには解らないことだらけだった。
「とりあえず、行けるところまで行ってみるか…太宰さんはいったいどこに居るのやら…、」
太宰さん。
無事でいてくれたら、良いのだけれど。
なまえは、傍らに控える王様を見上げる。王様は、じっと龍を見つめている。
あの龍に、何かあるのだろうか。
そのとき、風が吹いてきた。龍から放たれた光線が、まっすぐに夜空を焼いている。何かが勢い良く地面に落ちたのか、土煙が巻き起こる。
「…、?」
何かが飛んできた。なまえの視界がそれを捉えたとき、王様も同じものを見ていたのだろう。王様が細い手を伸ばしてそれを掴み、なまえに手渡される。なまえはそれに見覚えがあった。黒い中折れ帽子。チェーンが細く絡み付いているそれは、確か。
「帽子…中也さん、のだ、これは…」
見間違えるはずがない。太宰が散々似合わないだのなんだのとからかっているところを、ポートマフィアにいた頃から良く見ていた。そんな風に馬鹿にされていたけれど、彼はその帽子を気に入っていた。古い知り合いから譲り受けたのだと言っていたそれを、中也はとても、大事にしていた。
「ま、さか」
なまえの視線は龍へと戻る。ずどん、とさっきより重い音がしたかと思うと、近くにあったビルがぐらりと傾き、浮いた。あんな芸当ができる異能力者を、なまえは、ひとりしかしらない。重力を操る、ポートマフィアの幹部。先程から龍と闘っているのは、もしかして、もしかしなくとも。
「ちゅうや、さん、…?」
だが、何かがおかしい。なまえの知っている中也の重力操作では、あんなに大きなものは操れないはずだ。銃弾を、拳銃無しで放つ。人間を沈める、近くのものを浮かばせる。そんな風に、中也の操れるものは限られていたはずだ。何より中也自身の負担もある。
なまえは、思い出した。龍頭抗争。あのときも確か、中也は一夜で敵の組織を潰したと聞いた。何日も面会謝絶が続いてからようやく見舞いに行ったとき、彼はボロボロに疲弊していた。あの時は確か、太宰がそばにいて、中也を止めたのだと言っていたが。果たしてあの乱闘の中に太宰はいるのか。もしいなかったとしたら、中也を誰が止められるのだろう。
「…、行くぞ王様、わたしには止められないかもしれないが…中也さんをあのままにしておくわけにはいかない」
それに、もしかしたら太宰がそこにいて、どこかに隠れているかもしれない。
会わなくては。
太宰に、会わなくては。
なまえは、龍へ向かい、駆けた。
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