つつまれる
ふと、目が覚める。
机に突っ伏して寝てしまっていたようで、
ゆるりと上半身を起こす。
ふと、肩に違和感がある。何かが、肩にかけられている。
そっと手を伸ばすと、それは誰かの服のようで。
うたた寝をしてしまった自分への、ささやかな気遣いだった。
(…煙草の、匂い)
見慣れた砂色のコートは、少しばかり煙草の匂いがした。
コートを手に取り、おもむろに袖を通してみる。案の定、自分の身体には不釣り合いなほど大きい。袖から手は見えない。
「…、おださく、」
なんとなく、名前を呼んでみる。
「なんだ」
だから。
まさか、返事があるなんて思いもしていなかった。
ひゅ、となまえは息をのんだ。
「…起きていたのか、なまえ」
「あ、ああ、…、?」
「…、何をしている」
うたた寝をしていたなまえが風邪をひかないようにコートをかけていた。そのコートに、なぜかなまえが袖を通している。
「いや、あの、…出来心だ。すまない、…」
「お前には大きいだろう」
「…うん。大きくて…、煙草の匂いがして、
…織田作の匂いが、して、なんだか、その、
ええと、…あの、う…、」
みるみるなまえの頬が赤くなる。
「…織田作に、その、…抱き締められているようで、なんだか、照れ臭くなって、きて、…ううう、」
何を言っているのか。
どんどん墓穴を掘っている。
「…、なまえ」
呆れたように名前を呼ばれる。
すまない、忘れてくれ、なんて彼女の言葉は、果たして彼に届いていたのか。
「…俺はここにいるだろう」
「おだ、さ、く?」
腕を引かれ、織田作に抱き込まれる。
煙草の匂いが、より一層濃くなった。
「…!?、!」
「あまり、俺をからかわないでくれ…」
「か、からかってなんかいない…ただ、わたしは、」
「なまえ、」
見上げて、かち合った織田作の瞳が熱を帯びていた。
じっと見つめると、あからさまにそらされて、ため息をつかれる。
「なん、え、どうしたんだ…?」
「…すまん、」
「、え」
なまえの肩を抱いていた手が、なまえの頬を包む。
熱を帯びる織田作の瞳が近づいてくる。
「おださく、な、にを」
「…、」
軽く、唇が触れる。
驚きと戸惑いで、なまえの肩がびくりと跳ねる。
そのままゆっくりと、感触を確かめるように、二度、三度と、ついばまれる。
ちゅ、ちゅ、と小さな音がする。
時折肌に触れる、織田作の髭がくすぐったい。
思わず、くすぐったくて、笑い声がこぼれた。
「ふふ、…」
「…、なまえ、」
お互いのおでこが触れる。鼻先が触れる。真剣な織田作の眼差しに、鼓動が反応する。
「…織田作、」
優しく、名を呼ぶ。
織田作も微笑む。
「…なまえ、なまえ…、」
なまえの存在を確かめるように。
何度も、何度も、優しい口付けは、続いた。
緩やかな動作で、床に寝転ぶ。
「…コート、…皺が…」
敷物のように、床となまえの間に、織田作のコートがある。
「…クリーニングに出せばいい」
そう言って笑うと、またキスの雨。
頬に、おでこに、首筋に、優しく、優しく。
なまえは両手で、織田作の赤い髪を包み込む。
熱で潤む彼の目に映るなまえは、どんな表情をしているんだろう。
「織田作…」
「…、なまえ」
そうしてまた、名前を呼び合って。
それを合図にしたように、今度は深く、くちづけられる。
(煙草の、匂い…)
少しだけ、苦い。
煙草の味が、した。
----------------------