薔 薇 色 の 地 獄 。 | ナノ
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うかんできえる




「…あの包帯は、嘘だったのか」
「うん?」

なまえの、ぽつりと漏れた言葉。
太宰は表情を変えず、聞き返した。

「いったいぜんたいどうしたの?藪から棒に」
「…わたしは、初めて会ったとき、貴方はいつもひどいケガをしているんだと思っていた」
「していたよ?」
「けれど血は滲んでいなかった。包帯はいつも綺麗だった。…今もだ。
国木田さんも『包帯無駄遣い装置』だなんて言っているけれど。その、腕も」
「…、」
「…どうして、そんなことをするんだ」
「なまえ、」

名前を呼ばれる。
太宰は、腕の包帯に手をかける。

「…、見てみるかい?なまえ、君の目で」
「それ、は、」
「…私がいつも死にたがっていることは、なまえだって知っているはずだ。
今も昔も変わらず、私は死に焦がれている。
死ぬ瞬間に何が有るのか。
死後の世界は在るのか。
…私はね、なまえ。ただ、」
「もういい、解った」

太宰の言葉を遮る。なまえには、解りきっていたことだった。
その包帯の真実は、きっとこれからもずっと、なまえは解らないままなのだろう、と。漠然と思っていた。

「ただのファッション、とでも言ってくれればいいのに。それだけで、わたしは納得できたのに」
「…なまえは、そんな答えじゃ満足しやしないだろう?」
「それはそうかもしれないけれど、
…わたしは、…貴方に、これ以上、『死』に近づいて欲しくはないよ」
「そう」
「親しかった人を失う辛さは、
太宰さん…、貴方も、解っているはずだ」
「…そう、だね」

珍しく、太宰の声音が沈んでいる。
思い出すのは真っ赤に燃えた夕日に照らされた窓、真っ赤に染められた友の姿。
あの時、あの時。

「…、なまえ、」

弱々しく名を呼ばれた。

「泣きそうな顔だなんて、太宰さんらしくない…、」
「なまえこそ、…泣きそうな顔だ」
「ふふ、お互い様だな、」
「…なまえ、おいで、」

呼ばれるがままに、なまえは太宰に近づく。
ゆるりと伸ばされた太宰の手が、なまえの柔らかい髪に、耳に、頬に触れる。

「生きているね」
「ああ、わたしは生きているよ。
ここに、いるよ。」
「ちゃんと、息をして、生きているね」
「ああ、ちゃんと、生きているよ」
「…なまえ、私はね、…」
「ああ、そうだな」

太宰の手が、肩に触れる。
そのまま、ゆっくりと引き寄せられる。
なまえはさしたる抵抗もせず、されるがままに太宰に抱き締められる。
いつも飄々として本音を塗り潰し、誰にもその心の深いところをさらけ出したりはしない。そうして今まで生きてきたであろう、この太宰という人物が、なまえにはまだ理解ができていなかった。
今もこうして自分を抱き締めている彼は、弱っていると見せかけてそれすらも演技なのかもしれない。自分はまんまとこの男に絆されているのではないか。
…そんな風に考えることも少なくはなかった。
けれど、

「…なまえは、私を置いて、勝手にどこかへ行ったりはしないでくれたまえよ…」

その声が、例え演技であったとしても、

どうしようもなく悲しそうに言うものだから。

「…それはわたしの台詞だ」



きっと騙されているのであるのならば、
このまま騙され続けていくことにすればいい。

そう思いながら、なまえは伸ばした腕を太宰の背中に、そっと添えた。




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