暁に燃ゆ【5】
「……………、で、それから?」
なまえが一旦話し終えると、
最初は興味深く聞いていた太宰の表情がどんどんと不機嫌になっていっていた。
なまえは素知らぬふりをして、
目の前に置かれていたオレンジジュースをひとくち。
「あとは…特に面白いことは無いよ。
首領に会って、異能の訓練をして、
王様に出会った。
そして…太宰さんに会って。
その後は、太宰さんも良く知っているだろう。
ポートマフィアを辞めて、
武装探偵社に入った…今のわたしだ。
…な?別段面白い話では無いだろう?」
「…私と初めて会ったとき、
中也の事を言ってたのは、
そういうことか……」
「あの時のわたしには、
親しく話せる人は、首領とエリス、
それから、…中也さんだけだったから」
むっすり。
そんな音が聞こえそうなくらい、
太宰はむくれていた。
「中也ってば、私に内緒でなまえと会ってたなんて……」
「偶然だよ、偶然」
「あの時と言えば…首領の縄張りにできた店類の視察だろう?
わたしも行っていたのに…」
「あそこには来なかったのか?」
「面倒そうだから中也に投げた」
「…、だからだろう」
なまえがくすりと笑うと、
太宰は面白くない!と駄々をこねた。
向かいに座っている敦がはらはらしている。
「そ、そういえば、
なまえさんの異能…王様って、
最初から王様の姿じゃ無かったんですね!?」
「ああ、訓練で徐々に形をイメージして…。
王様という名前はわたしが付けた。
子供の頃に見た絵本のイメージ、かな。
最初はなかなか扱えなかったけれど、
今の『夜の王』の姿になってからは、
ちゃんと、…制御できるようになった」
「そうなんですね」
「絵本だなんて嘘だろう…帽子はきっと中也だ…」
「それは…、言われてみればそうかもしれないな」
「益々もって面白くない!」
あはは、と苦笑するなまえと敦。
衝立の向こうから、国木田が敦を呼ぶ声がした。
「あ、それじゃあ。
…貴重なお話、ありがとうございます」
「いえいえ。お気をつけて」
敦が去って、ふたりきり。
太宰は駄々をこねすぎて、
ソファに逆さまに座っている。
「…そんなに不機嫌な太宰さんは珍しいな」
「なまえのくちから中也の名前が出るのが嫌なのだよ」
「…そうか」
「あの店は、わたしが去ったあと、…」
「知っている。『火事で焼けた』ね」
太宰の言葉に、なまえは頷く。
「わたしはそれを、何年も後に知った。
焼け跡はもう別の建物ができていて、
母もどうしたのかすら、解らない」
「きっと、調べれば出てくると思うよ?」
「だろうな。
だが、今のわたしには不要だ。
…わたしには、今があればいい」
「うん。なまえがそれでいいのなら、
…そういうことなんだろうね」
「そうだ」
休憩は終わりだ!と国木田の声がふたりにも飛んできた。
なまえは軽く返事をすると立ち上がり、
太宰に振り返る。
「…確かに始まりは中也さんだった。
でも、わたしを動かしてくれたのは、
…織田作と、貴方だ。太宰さん。
それは揺るがない真実だ。
貴方を選んだから、今のわたしはここにいる。
ありがとう」
ふわりとスカートを翻し、
なまえは喧騒の中へ戻っていった。
「…、参ったなあ」
なまえの笑顔に見とれて動けなくなった太宰を残して。
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ふんわりと過去編でした。
あまり長くしたくなかったので、
駆け足になってしまいましたが。
ありがとうございました。
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