薔 薇 色 の 地 獄 。 | ナノ
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おまじない




街中で不意に呼び止められた。
振り返ると、そこには見慣れた黒い帽子が揺れていた。

「中也さん」

「おう、久しぶりだな、なまえ」

マフィアを抜け、今や敵対する関係になっているというのに。

「…ここで、やり合うお積もりですか」
「なんでそうなるんだよ、俺お前になんかしたか?」

「いえ、でも…、今は、我々は、」

「ンな事ぁ今どうだっていいんだよ!
…なまえ、お前今時間あるか」
「はあ、…?」

今日の仕事と言えば、
午前中は国木田の手伝いで書類整理と各種手続きの見直し、
そして今ちょうど、重要書類を軍警へ届けに行った帰り。

この後の予定は無いといえば無い。

「ありません、何か動きがあれば、
そちらに向かいますが。
…16時の帰社予定時刻までは、暇です」
「呼び出しさえ無ければ、か。
よし、ついて来い」
「…、はい」

嬉しそうに歩き出す、元上司を、
なまえは不思議そうに追った。




ついたのは、ひそりとした路地にある、
小さな喫茶店。

落ち着いた店内に客はまばらで、
静かな時間が流れていた。

なんとなく、なまえはバー・ルパンを思い出しながら、
奥にある小さなボックス席に座る。
向かいに、中原が腰を掛ける。

「…で、どうなんだよ」
「どう、とは」

なまえは小さいイチゴパフェをつついていた。

中原に奢ってやると言われ、
始めは断っていたものの、
押し切られたので、遠慮なく頼んだ。

中原は、コーヒーを飲んでいる。

「あの糞鯖の野郎に苛められてねェのか、
って言ってんだよ。
あいつのことだ。
涼しい顔でお前に処理やら報告書やら、
押し付けてンじゃねえかと思ってよ」

「…さすが、元相棒」

「褒められてもちっとも嬉しくねえよ…」

「ふふ、…ありがとう、中也さん」
「…、ンだよ」

「今だけじゃない。わたしは、ずっと、
貴方にお礼を言いたかった。
…わたしをあの檻から連れ出してくれたのは、中也さんだった。
何も持たないわたしを。
きっとあそこで朽ちていくはずだった、
そんなわたしを…連れ出してくれた。
黙って出て行ったことは、
申し訳ないと思ったこともあったけど、
今こうして会ってくれて、話をしてくれた。

ありがとう、中也さん」

「…初めて会ったときより、ずっといい顔だぜ、なまえ」

自分のコーヒーを飲み干すと、
中原は立ち上がった。

「なまえが辛くなったり、太宰の野郎に嫌気がさしたら、
いつだって戻ってきていいんだぜ。
何なら俺から首領に言っておいてやるよ」

「…ふふ、考えておきます」


なまえも立ち上がり、後に続く。


からからとドアベルを鳴らして、
店を後にする。

「…なまえ」
「はい、なんでしょう」

「抱きしめても、いいか?」


「、それ、は」


返事をする前に、
ふわり、と香水の匂いがなまえの鼻を掠めた。

なまえが気づいたときにはもう、
中原の腕の中にいた。


「…、どうか、しましたか?」
「ただ、なんとなく、だ」
「そう、ですか」

なまえの所在のなさげな手は、
ゆっくりと、中原の背中にまわり、
赤子をあやすように、
ぽんぽん、と彼の背中を優しく叩いた。




「…愚痴なら聞くぜ」
「中也さんも。わたしでよければ」

「…なあ、」
「はい」

「俺ら、敵対組織なんだよな、今」
「…今更言わないでください」
「戦場で出会ったら容赦しねえからな」
「中也さんと王様は相性が悪いから、
会いたくないな…」
「ハ。そりゃいいことを聞いたな」


笑い合って。


「じゃあな」

「…さようなら、また」


そうして、背中を向けて歩き出した。





抱きしめられたときの、香水の匂い。


(中也さんは、ずるいな)


なまえは振り返り、

遠ざかっていく中原の背中を、

路地の向こう、

人ごみに紛れて見えなくなるまで、


そっと、見ていた。



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ツイッター診断メーカー結果
「抱きしめてもいいかな」より。


たまにはそんな、気まぐれ。



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