目下の泥濘【1】
「新しいお人形を拾ってねえ」
そんな風にわらう首領に、太宰は少しだけ眉をひそめた。傍らにいるエリスはニコニコ笑っている。
「とってもかわいいのよ!!」
「へえ、それは良かったですね」
「先日、燃やした家があっただろう?」
呟く。
そういえば、マフィアの荷を横流ししていた商人がいたような、いなかったような。
「中原くんが見つけて来てねぇ。…異能を持っていたそうだ。なかなか手こずったと聞いたけれど、」
おいで、と奥の扉に呼び掛ける。
「…、」
護衛が扉を開ける。が、そこから誰かが出てくる気配はない。
おそらく扉の向こうに居るのだろう。早く行かれた方が、と護衛の彼も困惑している。
「エリスちゃん、」
「はあい!」
嬉しそうにエリスが扉に向かって行く。
「何してるのよ、リンタロウが呼んでるのよ!」
「大丈夫よ!可愛いわよ!まあ、私の方が可愛いけどね!」
ぐいぐいと引っ張る。さすが。
エリスに手を引かれ、出てきたのは黒髪の少女だった。恥ずかしがっている、というよりは心底うんざりしているように見えた。
「みょうじなまえ、という。服は僕の趣味だ」
「…これはこれは、」
歳はエリスより上に見える。
艶やかな黒髪、真っ黒な瞳。
黒を基調としたワンピース。
何もかもエリスと対照的。
「…はじめまして」
「…………」
「私は太宰。太宰治だよ」
「…………、ちゅうや、さん、は」
「中原くんは仕事だよ」
「、は」
握手に出された手を見事にやり過ごされ、小さな黒い彼女は、首領へ近づく。
「太宰くん、嫌われちゃったねえ」
くつくつと首領が笑う。
「なまえ、君の異能を見せてあげておくれ」
「……、はい」
首領から離れ、少し広いところへ立ち止まる。
「…おいで、『夜の王』、」
なまえの呟きと共に、足元から黒い円が広がりはじめる。太宰の背筋に、ひやりとした何か、嫌な予感のようなものがした。そして、その彼女の足元、黒いその中から、ずるりと『何か』が這い出てくる。
細長いシルクハット。そこにはかわいらしく薔薇の飾りが乗っていた。彼女と同じように真っ黒な出で立ち。白いペストマスクと、山羊のようにうねる4対の角が、異様さを際立たせている。
「あれが彼女の異能…」
「そうだよ」
刹那。
首領は顔色ひとつ変えずに、懐から銃を取り出す。銃口は真っ直ぐになまえをとらえていた。
「森さ、…!」
2発。確かに響いた。特有の匂いが、部屋に立ち込める。
なまえも、その顔色は変わっていない。傍らにいた王様のマントがはためくと、銃弾が2発、音もなくカーペットへ落ちた。
「…防御の異能でね。攻撃はできないそうだが、守ることに関してはなかなか強い。ご覧の通り、なまえが接触している地面や壁、そこからしか出てこられないそうだが…、それでもあの守りは完璧だろうね。しばらくは私の護衛に居てもらおうと思ってね。なまえ、改めて太宰くんに挨拶を。彼は幹部の一人でね、とっても優秀なんだよ」
「………、よろしく、なまえ」
改めて、手を差し出して握手を求める。
「…みょうじ、なまえです……。よろしく」
その手を握る。
瞬間、後ろにいた王様がどろりと溶けて消えた。
「、!?!」
「ああ、…私の異能は、他人の異能を無効化するんだ。すまない」
なまえの怒りの蹴りが、太宰の脛に届くまで。
そう時間はかからなかった。
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