目下の泥濘【16】
(つま先を下ろすことで、初めて、解った)
コツリ、と少し高めのヒールが美術館のカーペットへおとされる。きっと、いつも綺麗に手入れをされているであろうそのカーペットは、今や見る影もなく、所々が毛羽立ち、銃弾が埋まり、無遠慮に踏み荒らされ、血で滲んでいた。
「残党がまだ生きていると厄介だ。不要な犠牲は避けたい。首領の命令だ。注意は怠るな。倒れてる奴が気になるなら、まず頭を撃ち抜け」
構成員には簡単に殺せ、と命じられるのに。
(わたしも大概、過保護なのかな)
「……王様、」
呼び掛けると、ずるりと王様が顔を出した。誰かが、ひっ、と息を飲んだ。
「……、」
なまえはちらり、とその方向を一瞥すると、誰何はせず、まっすぐに歩き出した。何人かの構成員が、慌てて後を追う。
「怪我人は残らず車で運べ」
振り返らず、声をかける。
「死んだ者もだ、素性がわかる者は後で報告しておけ。それから、芥川くんは、」
言いかけたとき、遠くから銃声が聞こえた。
「、どこから…王様、わかるかい?」
なまえの呼び掛けに、王様は顔を上げる。きょろきょろと辺りを見回したあと、ひとつの通路を指し示した。
「…、30分経ってわたしが戻らなければ無視して戻れ」
「しかし、」
「怪我人と死体を連れて帰るのが第一だ。それに、芥川くんの異能に巻き込まれたら余計な死体が増えるだけだ。わたしは気にしなくて良い。行こう、王様」
ばさり、と王様がマントを翻す。『夜の王』を従えて、なまえはゆっくりと歩き出した。
立て続けに鳴り響いていた銃声は、いつの間にか途切れていた。芥川が始末したのか、あるいは、
「…、いや、まさか」
否定的な考えを振り払うように、頭を振ると、なまえは王様の指す方向を目指す。
「芥川くん…、無事でいてくれ…」
角を曲がった。
そこには、
「…、おだ、さく…?」
病室で寝ているはずの彼が、立っていた。
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