微睡は水面深く。 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


カカトを鳴らして


----------------------


「ねえねえ、道教えてくんない?」

そんなあからさまなナンパに誰がひっかかりますか、
と鼻をふんと鳴らして振り返った凛は、

「あ、そこならたぶんすぐ解ると思います…ええと、」
「…、」

しっかりひっかかっていた名前に、溜息をついた。

「ねえ凛ちゃん、あのー、」
「…なに、名前」

ナンパしてきた男性から少し離れて、
名前はこそりと凛に話しかけた。

「あのひと、一緒に来て欲しいって…」
「はぁ!?あ、あー…そう、そうね」
「わたし、行ってきますね。凛ちゃんは…」
「…商店街のほうをちょっと見ておく。
2時間後に江戸前屋の前ね、大判焼き、名前のオゴリでね」
「えー、…仕方ないですね、解りました」

しぶしぶ、と了承すると、名前は男性を律儀に案内しはじめた。
凛は、その後姿を見送って、

「…アーチャー、居るんでしょう?」
『凛、君は一体何を考えてるんだ。
アレは確実にナンパで、案内が終わったら飲食に誘うのだろう?』

虚空から声が、した。

「よく解ってるじゃない。じゃあアーチャー、そのままでいいから名前を見てあげて。
危なくなったら止めに入ってくれていいから」

『………、承知した』

たっぷり考えて後、声と気配が消えた。
アーチャーの気配が完全に消えたのを確認して、

「ふふふ、面白いことになりそうねー」

凛は上機嫌で、商店街へ歩き出した。
ちょっとひらめいた、面白いこと。

さて、予想通りになるかどうか。




ランサーは、店の前で嬉しそうに仁王立ちになっている凛を見て、
嫌な予感しかしなかった。

「なんでえ、嬢ちゃん…」
「ランサー、あなたバイトは?」
「あと10分もすりゃ上がりだけど…、おい」

気づいた。その違和感。

「おい、名前はどうした。今日は一緒に買い物って…」
「あー、ちょっと野暮用で別れたわ」
「なんだそれ、しっかり見ておいてくれねえと…」
「わたしはわたしで別の用があったんだから、しょうがないでしょ」
「そうですか、で、名前はどこへ行くっつったのよ」
「迎えに行くの?」
「当たり前だろうが。マスター一人にしたら…、」
「うちのアーチャーが黙ってないものねー」

にこにこと微笑む凛。胡散臭い。その顔、とても胡散臭い。

「…知ってるな、お前」
「え、何が?」
「名前は何しに別れたんだ」

「ああ、それねえ」

にこにこ、が一転。
その顔がにやり、と笑う。
ああ聞かなきゃよかったかも、とランサーは相変わらずの不運を呪った。

凛のくちびるが、あやしく笑う。

「あのね、」


●●


「あれ、ランサー?」

アーチャーと並んで江戸前屋の前。
一足先に名前はそこにいて、ふたりで大判焼きをほおばっていた。

「おま、なん…、」
「あ、バイト終わったんですねランサー。お疲れさまでした」
「いや、まあ、終わったんだけどよ、なんでその赤いのと一緒に…」
「はい。ちょっと色々ありまして」

「何、彼女が変な男に捕まっていたのでね、助けに行ったまでだが」

皮肉にわらうアーチャー。

「…お前な、知らない奴についてったりしたらだめだろ…」
「?なんでランサーがそれを?」
「遠坂の嬢ちゃんに聞いたんだよ、ったく。
人助けもいいけどな、助ける奴はきちんと見分けねえとダメだろ。
あと、そこのアーチャーは知ってる奴でもついってっちゃいけません」
「…?」

「ランサー、人聞きが悪いな。私のどこが怪しいんだ」
「全体的に怪しさしかねえよお前は!
うちのマスターをさり気なくたぶらかすのはやめてくんないかなあ」

ちゃっかりと名前とアーチャーの間に割って入るランサー。
それを遠くで見ている凛は、笑いを堪えるのに精一杯。


「おら、帰るぞマスター」
「え、あ、はい」

そして腕を引っ張られて、お店を後に。


●●●


「あ、の、ランサー、ちょっと…、」

ランサーは振り返らない。
腕はつかまれたまま、ずんずんと進んでいく。


「らん、さー、腕、痛い…」
「…、あ、わ、悪い」


ぱっと離れた手。
名前は袖をまくり上げる。

「悪い。痕になってねえか?」
「…、これくらいなら、すぐ治ります」

ちょっと赤く痣になっていた。

「名前、アーチャーにはホントに何もされてないんだな?」
「さ、されてないですよ?」
「ナンパ野郎にもされてないな?」
「されてないです。ちょっと手を掴まれて、引っ張られそうになったんですけど、
そのときにアーチャーさんが助けてくれました」
「…、そうか」

はあああ、と大きな溜息がランサーから漏れた。

「バイト上がる直前によ、遠坂の嬢ちゃんから、
『名前が知らない男の人の道案内でどっか行った』って聞いてよ、
『で、ちょっと心配だったからアーチャーを護衛につけた』って聞いて、
もうマジで生きた心地がしなかった…」

「…、心配かけてごめんなさい、ランサー」
「ま、何もされてねえんなら良かったわ」
「うん、ごめんなさい」

いつもなら3歩離れて歩く名前が、
そっと、ランサーに寄り添った。

「、名前?」
「…実は、ちょっと、こわかったです。
男の人に、いきなり手を掴まれて、引っ張られて…、
アーチャーさんが助けてくれたときはホッとしたんだけど」

ランサーのシャツの裾を、握る。

「ランサーが迎えに来てくれたときが、いちばんホッとしました。
さっき、引っ張られてたときは、ちょっと怖かったけど。

…やっぱり、ランサーがいないとダメですね、わたし」

「…名前」


その手が、すこし震えていた。
ランサーはその手をとり、両手で優しく包む。


「ごめんな、すぐに行けなくて」

「…、ランサーは悪く、ないです」
「今度から、怖くなったらすぐ呼べよ?令呪でもなんでも使って、俺をな」
「はい。ありがとう、ランサー」
「なーに、いいってこれぐらい」

「ほんとうに、ありがとう、ランサー、あのね?」
「ん?」


そっと耳打ちをするような仕草。
反射的にランサーはかがんで、


「…っ!!?」


その頬に、彼女からのちいさなくちづけ。


「な、ちょ…!名前!?」
「えへへ、お礼です」

「…、び、びっくりさせんなよな…」


思わず、その頬を押さえる。
真っ赤になったランサーを見て、名前は笑う。


「…帰りましょう、ランサー」


そして、彼女から差し出される手。
ランサーはそっと、その手を握り返した。




-----------------

ほっぺにちゅー、は王道ですよね。


prev|back|next