ピンポーン…

突然、鳴ったインターフォンに、春樹はビクリと肩を跳ね上げた。
夜は既に更けている。
こんな時間にいったい…声を出し掛けて、ハッと口をつぐんだ。
春樹は震える唇を噛み、恐る恐るドアスコープを覗きこむ。


「…っ!」


いつもの眼鏡をかけて、いつもの優しい表情で、梶原が扉の向こうに立っていた。
けれどスーツも、髪形も、先ほど夜の街で見た格好のままだ。
血の気が引く思いなのに心臓が激しく跳ね上がり、指先が震え、思わず逃げるように足を下げる。
置いてあった荷物に足を引っ掻けて、音を立てて尻餅をついてしまった。

(――あ…っ!)

もう居留守は使えない。
硬直してじっと扉を凝視して、春樹は野うさぎのように息を潜めた。

――ガチャ…

鍵をかけ忘れてしまっていたドアノブがゆっくりと動き、扉が開けられていく。
夜の冷たい空気と一緒に、梶原は革靴を鳴らして足を踏み入れた。
微笑みがいつもと違う。
春樹は呆然と見上げることしか出来なかった。


「こんばんは、春樹くん」

「っ、、……か…梶原さ…ん…」

「さっきぶりだね? 逃げなくてもよかったのに。ああ、でも…残念だ」


――見ちゃったんだね。

緊迫した空気に落とされた溜め息。
弾かれるように体を起こして、春樹は部屋の中へ駆け込んだ。
そうは言っても狭いワンルームでは、逃げる場所も、隠れる場所もない。
直ぐに捕まえられ、縺れるように壁に押しつけられる。


「見て、見てませ…、っ、……知らないです……」

「ならどうして逃げるんだ。可哀想に、こんなに怖がって。……なぜ?」

「ごめんなさ…っ、ごめんなさい」


恐怖があふれでて、そのまま涙となってボロボロとこぼれていく。
怯えて震える春樹を体で押さえ込み、梶原は優しい手付きで彼の頬を包んだ。


「見たことを内緒に出来る?」


子供に言い聞かせるような、静かな声が心臓を撫で上げていく。
春樹は必死に頷いた。


「とは言え、口約束では心配だな。……誰にも言えないように、少し、怖い思いをしようか」

「!!」


痩せぎすとはいえ男の体を簡単に抱き上げ、側にあった狭いシングルベッドへ春樹を押し倒した。
優しい指がシャツの胸元へと滑り落ちると、そのまま勢いよく左右へ引き裂いた。
声にならない悲鳴が上がる。

(ま、まって、……まさか…っ)

ベルトを引き抜かれ、想像した暴力とは違う“暴力”を察して戦慄いた。
春樹は恐怖で喉を詰まらせ、声もでないで、手足を必死にバタつかせる。
その両手を捕らえてシーツに縫い止めると、
梶原は春樹の耳に囁いた。


「このアパート、壁が薄いから、…犯される声が皆に聞こえてしまうよ…」

「っ!!」


春樹はあげそうになった声を、とっさに押し殺した。
征服される。
強い力で押さえ付けられているわけではないのに、逃げ出す気力も起きなかった。
もしここで逃げられたところで、どうにかなるわけでもない。
梶原は春樹の家族構成を知っている。
母が子供想いであることも。
年頃の弟と妹がいることも。


「……いいこだ…」


抵抗のなくなった両足から、下着とズボンが脱がされてしまう。
いつ用意をしたのか、それとも常に持っているのか、男の胸元から携帯用ローションが取り出された。
掌によって温められ濡らされた指が、そっと、探るように直腸に差し入れられる。
根元までいれることはせず、ゆっくりと出し入れを繰り返して、ローションを塗り込めていく。
何度もローションを継ぎ足され、気付けば大袈裟なほど卑猥な音が鳴っていた。


「そう、そのまま……上手だよ…」


いつものように優しい声で春樹を労り、慰めて褒め、じっくりと時間をかけて拓いていく。
危惧していたような痛みはない。
あばくように掻き回されることはなく、怯えて強張っていた体は徐々に力を抜いていった。


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