照りつける日差しが容赦なく注がれ、うだるような熱気に包まれる。
騒がしい蝉の声。晴れ渡った青い空。
まさに炎天の下で、姫子は子供用のプールに浸っていた。

一人暮らしのマンションから、久しぶりに帰ってきた実家。
収納庫から引っ張り出した懐かしいプールに水をはり、大きなパラソルをたて、庭の芝生をビーチに見立てた。
一緒に見つけた浮き輪とボールも膨らませて側に置き、小さな水鉄砲で手遊びする。
家を囲う塀があるので、外から見られることもない。


「あー…もう、やってらんない…」


ピカピカの晴天とは裏腹に、姫子の心は鬱々としていた。
今年の夏に新しく購入した水着。
いつもなら躊躇う大胆なビキニスタイルのもので、ダイエットだって頑張ったのに。
海で着る筈だった水着は、恋人の浮気が発覚して用済みになってしまった。
お披露目の機会を失った今、自棄晴らしとして使われている。
子供用のプールからはみ出した素足を組み直して、姫子は持ち込んだ缶ビールを開けた。


「ただいまー…。あれ、姉ちゃん帰ってんの?」


しばらくぼうっと過ごしていたが、夏期講習に行っていたらしい弟が帰宅した。
リビングに入ってきた弟は、庭に広がった子供のような世界に目を丸くしている。
日に焼けた肌はいかにも青少年らしく、額にある汗すら失った青春を感じた。


「何やってんの、姉ちゃん」

「リゾートごっこ」

「久しぶりに帰ってきたと思ったら、懐かしいもん出して…」


リビングのソファに鞄をおろした弟が、人様には見せられないような姉の姿に、呆れた顔を浮かべた。
反抗期らしい反抗期はなかったが、こういうところがオトコノコだと思う。
それでも飲酒している姉を見て、冷たいミネラルウォーターのペットボトルを持ってきてくれる。
何だかんだと愚痴も聞いてくれる。
気遣いの出来る優しい弟なのに、どうして彼女が出来ないのか不思議だ。
勉強は出来る方ではないものの優良物件だと思うのだが、押しが足りないのかもしれない。


「二股どころか四人! 騙されてた自分が悔しいったらないわ。あの男、いつか女に刺されてしまえば良いのよ」

「姉ちゃんも気が強いから、少しはおしとやかになってみたら?」

「もう、そうじゃないでしょ! お姉ちゃんが可哀想だと思わないの? だからあんた童貞なのよ。今年の夏もどうせ卒業も出来ないんじゃない?」


ぎょっとした目を見開いて頬を赤くする弟の、擦れてない初さが可愛かった。
ささくれだった心も癒される。
慌てて言いつのってくる仕返しの言葉も拙いもので、悪いとは思いつつも楽しくなってしまう。
弟をからかって遊ぶのは姉の特権だ。

――ふと、酔った頭で思い付いた。

リビングから逃げていこうとするその広くなった背中に、姫子は深く考えもしないで言葉を投げ掛けた。


「お姉ちゃんが筆下ろししてあげよっか」


夏の熱い空の下で、アルコールも回って、そこに果たして理性は存在していたのか。
きちんと持っている筈の倫理観が、近親というタブーを見失う。
振り向いて目を見開く弟の眼差しが、陽炎のようにゆれて、“男”のものになった。

蝉の声がうるさい。

姫子は「冗談よ」と言うべきだった。
弟も「冗談よせよ」と流すべきだった。
だってここにいる男と女は、確かに姉弟なのだから。

うだるような夏の気温が、理性を溶かし、体から滑り落ちていった。


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