(男視点)

就職氷河期に新卒で入社できたものの、そこはいわゆるブラック企業と呼ばれる会社だった。
積もりに積もったストレスで鬱になってしまい、心療内科に通院していたが、結局2年目の梅雨時に退社した。
次の仕事を探す気力も持てず、病院と実家とを往復するような日々。
心配した両親が「一度都会から離れてみたらどうか」と言ってきたので、心底疲れ果てていた俺は流されるまま頷いていた。

そういった理由で、この夏から田舎の祖父母の家で過ごしている。

あいにくとこちらでも対人関系でパニック障害を起こしてしまう。
田舎特有の好奇の視線を感じることもあるが、それでも都会ほど忌避するようなものではなかった。
療養にきていることを周りが知っているらしく、過度な接触を控えてくれている。

(いつまでも甘えてられない。せめて、ちゃんと人と話せるようになれば良いけど…)

畑仕事の手伝い以外は、葦簾(よしず)のかけられた縁側で横たわり、汗をかきながらぼんやりと過ごしている。
すっかり不健康に痩せてしまって体力が持たないのもある。

ミーンミンミンミン
ジリジリジリジリ…

大きな白い積乱雲、煩いほどの蝉の声。
チリンと跳ねる風鈴の音。
どこを見ても広がるのは真っ青な空と、白い雲と、生い茂った生命力溢れる緑。
俺の心はゆっくりとだが、その傷を癒していっているように思う。

――そんなある日のことだった。
周りに意識を向けられるようになった頃、衝撃的なものを見てしまったのだ。

隣家の庭に建てられた手作りの物置小屋に、蠢く人影を見つけたのが始まりだった。
好奇心も刺激されて覗き見て、俺は目を見開いた。

隣家に住む少女が、父親に犯されていた。

彼女は姫子ちゃんといって、まだ小学5年生だ。
市外に働きに出ている母親と、町工場に勤めている父親。父方の祖母は去年からホームに入居しているらしく、親子3人で暮らしている。

(マジかよ… 近親相姦だろ、これ…)

俺に気づいた姫子ちゃんは、しー、と人差し指を唇にあてた。
父親は俺たちの遣り取りに気づきもせず、娘の小さな体を揺さぶり続けた。
汗ばんだ柔肌に縋り付くように指を食い込ませ、姫子ちゃんの名前を口にしながら腰を打ち付ける。
独り善がりの乱暴なソレに姫子ちゃんは抵抗もしないで、「ぁッ、あっ、はぁっう…」と上擦った呼吸を繰り返しながら、父親の背中に細い腕を回していた。
俺はというと目が離せず、父親が果てて凶行が終わるまで、夢中になって見ていた。


「――お父さんとお母さん、おしどり夫婦なんて言われてるけど、本当は仲が良くないの」


もうずっと冷えきってるの。
お家では最低限な会話しかしないよ。
嘆くでもなく憤るでもなく、淡々と姫子ちゃんは教えてくれた。


「どっちもこの町育ちだから、今さら離婚するのも世間体が煩わしくって面倒なんだって。噂が広まって村八分になるのが怖いから、下手に他の女の人にも手が出せない」

「…そ、それで姫子ちゃんに…? まだ小学生の娘だろう…」

「お父さんもこれが悪いことって分かってると思うよ。でも、歯止めがきかないみたい」


別れられないお母さんも、性欲を我慢できないお父さんも、かわいそう。

11歳らしからぬ大人びいた表情と口調で、姫子ちゃんは憂いた溜め息をついた。
父親に性欲をぶつける女の身代わりにされて、嫌でも心も体も大人になるしかなかったようだ。
だが、これは虐待だ。
彼女がそう思わなくても。


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