高校の同窓会で10年ぶりに再会したのは、忘れ去ってしまいたい記憶を共有する元彼だった。

――秘密の恋だった。
両親にも、友人にも、誰にもその存在を話すことが出来なかった恋人。

目尻にシワが増え、過ぎ去った年月を感じさせるのに、声も口元の笑った形も、ちっとも変わっていない。
元彼の節くれ立った薬指には指輪がはまっていた。
家族仲は良好で子供も2人いるらしい。
10年だ。10年たった。
思春期の若さが踏み外した歪んだ日々は、手痛い思い出として、いつまでも傷跡が消えないでいる。


「やあ久し振りだね、長谷川さん。元気にしてたかい?」

「…ええ…。先生は、年、とりましたね…。お元気そうでなによりです…」


話しかけられて返した声は震えてはいなかっただろうか。
姫子の心配を余所に、彼は教え子たちに次々に話しかけられ、彼女の座る席から離れていった。
穏やかな表情で聞き手に徹し、時には人生の先輩として相談に乗っている。
姫子は視線を反らしたまま、仲の良かったグループと笑いあう。
お互いに過去のことは匂わせず、その場の明るい雰囲気に混ざっていった。


――当時、隠れて会わなければならなかった恋人は、姫子たちクラスの担任だった。


猫を被るのが上手く、同僚も生徒も保護者も、何食わぬ顔で欺いてきた男。
おっとりとした見た目に騙されていたが、彼は貞操観念の緩い人で、恋人がいても余所で女と寝るような男だった。
はじめは気付かなかった。
姫子は禁断の恋に盲目だったし、そんな自分に溺れて酔っていた。
人気のない駐車場に停めた車の中で、処女は呆気なく散らされた。

校内で隠れて性急に体を繋ぎ、秘密のデートは県外のラブホテル。
逢うたびにセックスをしていた。

男の女癖の悪さに気付いた頃には、姫子の体は貪り尽くされた後だった。
恋人という名前は、ただ彼にとって都合が良かったから、姫子に与えられただけ。
さんざん泣いて傷ついて、卒業と共に離れることが出来たが、食い荒らされた体は浅ましい行為に餓えて飢えて…――。

(…何も思い出したくない…! 私はこれから幸せになるんだから…)

――3週間後、姫子は結婚式を挙げる。


* * * * * * *



「……どうして…せんせ…」


終わったはずだった。
それなのに……一軒目で帰った筈の教師は、二次会を終えて帰路についた姫子の前に現れた。

覚えのある眼差しと目が合い、酔いの回った頭と体がビクッと震え上がる。
忙しなく脈打つ心臓。
柔らかな表情で笑いながら近付いてくると、自然な流れで手を伸ばし、立ち竦む姫子の細い腰を抱いた。
当然とばかりに自分の元へと引き寄せる。


「おいで、姫子。夜はまだ長いんだ、思い出話しでもしよう」

「せ、せんせ…、私、結婚するんです…。こ、婚約者がいるんです…」


やめて下さい、許して、お願いします。
終わったんです…終わってるんです。

震えながらも告げた言葉は、何事もなかったかのように無視され、近くに止めてあった車へと連れて行かれる。
イヤ、イヤ、と足を止めて首を振る。
腰を抱く大きな掌に力が込められ、服越しに爪を立てた。
背筋を登った電流のように痺れるさざ波。
姫子は「ヒュッ」と息をのみ、両足を震わせ、一気に頬を染め上げた。


「……姫子。そうじゃないだろう? 久し振りだから忘れちゃったのかな… ほら…」


――お返事は?

耳朶にしっとりと囁かれた声に、姫子は両肩をすくめてブルブルと震えた。
呼吸が濡れたように湿って弾む。
頬が、首筋が、皮膚の下が燃えるように熱を帯びて火照りだした。
頭の芯がぼんやりと虚ろいで、張り詰めていた緊張と拒絶感が形を崩してしまう。


[次のページ≫]

≪back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -