最近、姫子には、食事に行ったり映画を観に行ったりする異性がいた。
彼とは恋人でもなんでもない。
友人の彼氏の友人。
強いてあげるなら気の合う男友達。
姫子にとって男はそんな立ち位置で、異性としての魅力は感じていなかった。
ただ、話し上手な彼との会話は楽しいものだったので、2人で会う機会が増えていったのは確かだ。
彼も思わせぶりな態度はとらなかった。
だから、2人きりで飲みに行くことに、姫子は何の不安も感じていなかったのだ。

――この日までは…。


ガヤガヤガヤ…
あはははは…

チェーン展開されているこの居酒屋は、軽いプライベート空間になれる『個室』が売りだ。
とはいえ簡易的な小部屋は仕切られている壁も薄く、宴もたけなわな酔っ払いの声で店内は賑やかだった。
洒落たバーももちろん好きだが、安上がりで済む居酒屋が一番足を運びやすい。
男友達が相手なのだし、下手に雰囲気のある店より無難な場所だろう。

……女としてその警戒の緩さがいけなかったのかも知れない。
いつしか話題は下品なものになっていき、どんどんエスカレートしていった。

( …失敗したかなぁ…。どうしよう…この雰囲気…ヤバいよね…? )

アルコールに強いのか、顔色も変えないでいる男を前に、インターバルでレモン水を飲みながら、姫子は困惑した。


「姫子ちゃんは寝るときってブラしてる派? それともノーブラ?」

「んー、ちゃんとつけてるよ。してないと落ち着かないもん」


お酒の席ではこういった下世話な問いは良くあることで、会社での飲み会は先輩や上司によるセクハラはひどいものだ。
それに比べて知らない相手でもないし、酒の力もあってか、ある程度の下ネタに対して姫子は気安く答えていた。
その油断もきっとダメだったのだ。

テーブルの上においたままの手の甲を、男の指が意味ありげに撫でている。
明らかにセクシャルな仕草だ。
振り払わなきゃ…そう考えるものの、姫子の神経は触れられる肌に集中していた。


「姫子ちゃんて、彼氏とか…Hなお友達とかいるの?」

「彼氏は今はいないよ…。っていうか…Hなお友達って…何、セフレ? そんなのいるわけないじゃん」

「そっかー。姫子ちゃんって遊び慣れてる感じじゃないもんね。じゃあさ…最後にセックスしたの、いつ?」


もう悪ノリの域を越えている。
笑って流せてしまえる話題ではない。不愉快だと席を立って帰るべきだ。
しかし姫子は唇を震わせ…「さ、3ヶ月前…」とか細く答えていた。
テーブル越しに対面していた男がゆっくりと立ち上がり、俯く姫子の隣へと移動してくる。
…胸がドキドキと脈打つ。
汗ばんできた肌は冷や汗ではなかった。
男の手が姫子の腰へと回されると、ビクリと怯えるように肩が跳ねた。


「……3ヶ月シてないんだ…?」

「…う…うん…」

「Hな気分になった時はどうしてたの? …オナニーしてた…?」

「…っ…、……ぅん…」


鼓動を忙しなく跳ねさせながら、姫子は素直に頷いた。
軽薄にセックスアピールしてくる男を拒みけれず、変えられてしまったいやらしい雰囲気に飲み込まれていく。

「どんな風にオナニーしてるの?」「オモチャは使う?」「シてる時は声あげるのかな」

男の問い掛けは耳朶に触れそうなほど近くで囁かれ、吹き込まれる欲に満ちた声音につられるように…吐息が上擦っていった。

 
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