梗華たちが靴を履いて外に出ると、あたりはすでに夕暮れの色だった。
 もうすぐ夏休みが来るというのに、あたりは薄暗く、燃えるような不気味な赤色だった。
「海原、お前の家は」
 空目は特に疑問にするでもなく淡々と言葉を投げつける。
「……恭一の家から東に三分行った角の煙草屋を右折。それから直線」
「分かった」
 梗華も淡々と、的確に答えた。
 俊也は梗華に手を伸ばして、鞄を押し付けられた。疑問符を頭の上に浮かべていると、梗華が微かに笑んで、
「いい。一人で、歩ける」
 と言った。
「おい、」
「村神、海原」
 俊也は何かを言いかけたが、先を行く空目に促され仕方なく従った。


〜♪


「?」
 突然後ろから聞こえてきたメロディーに、俊也と空目は振り返る。
 謡っていたのは、梗華だった。
 梗華はぽてぽてと手ぶらで歩きながら、紅に闇が混じり始めた空に一番星を探して空を見上げながら口ずさんでいた。
「海原、それは?」
「…ん? これは、小さい頃によく母さんが歌ってくれた。わたしにとっては、子守唄みたいなものかな」
「………」
 俊也が訊ねると、空目は静かに考え事をした。
 ひょっとすれば、これが手がかりになるかもしれない。
「海原、すべて謡えるか?」
「うん、たぶん」
 空目の言葉に梗華はすぅ、と息を吸った。


 お山ノ神は 偽り囲われ
 人の子呪い 機を窺う
 里の子らよ 良くお聴き

 人の子隠しは 偽り賺され
 人の子呪い 攫いゆく
 あちらとこちらは 交われぬ

 猛き犬狼は 偽り砕かれ
 人の子呪い 喰らいつく
 交わりゃ必ず 祟りある 

 犬神使いは 偽り外され
 人の子呪い 解き放つ
 あちらへ逝けば 帰れませぬ

 天の乙女は 偽り盗まれ
 人の子呪い 生き永らう
 こちらへ来れば 戻れませぬ

 里の子らよ 良くお聴き
 あちらとこちらは 交われぬ
 交わりゃ必ず 祟りある
 あちらへ逝けば 帰れませぬ
 こちらへ来れば 戻れませぬ

 里の子らよ 良くお聴き
 黄昏時に 外出るな
 外出りゃ必ず 攫われる
 黄昏時に 開く道
 黄昏時に 閉じる道
 お山ノ神が お怒りさ
 人の子隠し 遭いたくなけりゃ
 さあさお早く お家へ入り

 追憶せし者 語りし者よ
 人の子呪わず 恨む勿れ
 幸よあれ 恵みあれ



「…だったかな」
 梗華が謡い終え、合ってるかわからないが、と首を傾げた。
「そうか、すまんな」
「いや。…ところで、それがどうかしたのか?」
「…現段階では、なんとも言えん」
「そうか。――あ、」
 梗華が謡っている間に、梗華の家のすぐそばまで来ていたようだ。
「ここだ。ありがとう」
 俊也から鞄を受け取ると、梗華はひらりと門の中へ入っていった。
 落ち着いた雰囲気の一戸建てだった。2階建てで、門から玄関までは石畳が続いている。庭は、さほど広くはないが決して狭くもないだろう。空目邸に比べれば小さいが、三人家族では一般的な大きさだろう。
 「それじゃあ明日」と言い残し、鍵を開けて、梗華は家へ入っていった。
 空目は考え事をしていたが、俊也に一言、「帰るぞ」と言い、そのまま歩いて行ってしまった。

 

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