「それで」
 梗華たちが部室に着くと、すでに空目と俊也、そしてあやめの姿があった。
 空目が梗華の方をちらりと見て、
「お前は道も知らないのに勇んで来た挙句、近藤に案内してもらってきたわけか?」
「そうだが」
「…海原、知らなかったんなら、言えばよかったじゃねえか」
 俊也が腕を組んで、壁にもたれながら言った。こんなに席があるのだから座ればいいのに、と思わないでもないのだが、俊也は空目を守る一心でこの場にいるため、極力動きやすい位置にいたいのだろう。
「いや…寝起きだったから。と、いうよりも、恭一か俊也が前もって教えてくれればよかったんだ」
「昨日俺が連れてきたというのにか?」
「まさかまた来るとは思わないだろう。それに、ただでさえこの学校は広すぎる」
 梗華はぷいとそっぽを向いて、空いている席に腰を下ろした。
「それで、来たけど、用件は?」
「待て。まだ日下部と木戸野が来ていない」
「日下部…は、昨日武巳といた子、だよな。もう一人は?」
「昨日黙ってたのだよ。木戸野亜紀。それより陛下、用事ってもしかして……」
 武巳がごくりと息を飲み込んで、そっと囁くように口を開きかけたところで、すぐに口を噤んでドアの方を見た。
 梗華が武巳の発言に訝しげに視線をドアの方へやると、そこには少女が二人立っていた。
 武巳は、この二人を見て止まったのだろう。
「おはよう、武巳クン、みんな」
「…おはよ」
 稜子が元気に挨拶をし、隣に立っていた空目のことを恭の字と呼んでいた子――おそらく木戸野亜紀――は面倒くさそうに挨拶をした。
「あれ? 梗華ちゃん、どしたの?」
「呼び出しを食らった」
 稜子が梗華の隣の椅子を引いて座りながら訊ねてきたので、梗華は空目の方をしゃくって言った。
「全員集まったな」
 壁にもたれかかっていた俊也が、壁から身を離し、空目を見た。そして、他の面々も空目を見た。
 空目は指を絡ませその上にあごを少しのせ、ちらりと文芸部の面子に目をやると、小さく息をついて口を開いた。


「今日から海原も、正式に文芸部として入部する」


 わざわざ人を集めた割には、あまりに単純な内容だった。というより、梗華にとってお前は何者だと、小一時間問い詰めたくなるような発言である。
 亜紀などは、それがなにか? とでも言わんばかりに、沈黙を決め込んでいた。
「え、本当、梗華ちゃん?」
「どうやらそうらしいな。今日から」
「陛下、用件ってそれだけ?」
「いや」
 武巳が、たったそれだけで呼ばれたのか、という不可解な表情を浮かべながら空目に問うと、空目は一言否定した。そして俊也はやっぱりか、というような表情をした。
「今朝集まってもらったのは、海原についてで間違ってはいない。ただ――」


「わたしの『異界』について、だろ?」


「「「「!!」」」」
 空目と梗華を除くメンバーが驚いた。
「ああ。…海原は幼い頃、なんらかの形で異界に関わっている。そしてそのせいで海原は、異界を視る、聴くことができる」
「聴く?」
「そう。昨日のあやめちゃんの歌は、それのせい」
 梗華はそう言ってから、あやめの方を向いてにっこりと笑いかけた。あやめは曖昧に笑い返した。
「そして今朝、海原に会ったとき、海原からする異界の匂いは昨日より強くなっていた」
「…何?」
「だから俺は、早急に事に当たり、対処するべきだと思う」
「機関に知られる前に、か?」
「そうだ」
「ふーん…」
「ふーん…って、梗華ちゃん、そんなのでいいの!?」
「え? いいんじゃないか?」
 当の本人である梗華は、一番興味がなさそうだった。興味がないわけではなく、何も知らないから特に反応のしようがないのだが、傍から見ればその態度には大差がない。
「実際、わたしが気になっているのはその異界が周囲に影響を及ぼすかどうかだけなんだ」
「それならば、大抵は影響が出る。異界にかかわって何事もなかったなどという話は聞いたことがない」
「そうか……それじゃあ、やっぱりなにかしらの対策をとってもらわないと」
 梗華は空目の発言に、先ほどまでの態度とは一転し、深刻な顔を浮かべた。

「家族は巻き込ませない」

 毅然として、梗華は言い放った。
 空目はその言葉に、重々しく頷いた。
「とりあえず、海原の抜けている幼少の記憶というのが鍵だろう」
「そうなんだよな。一度、家に帰ったら訊いてみる…答えてくれるか分からないけれど」
「ああ。そうしてくれ」
「それで、俺たちはなにをすればいい?」
 俊也が腕を組んだまま、空目に訊いた。武巳が今更のように、自分たちが呼ばれた訳を知った。
 空目は少し考えこんでから、ふと顔をあげて梗華を見た。
「そうだな…。海原、お前は記憶がなかった時期はどこにいた?」
「たぶん、ここだと思うが」
「そうか。ならば木戸野、お前は図書館へ行って、その当時の新聞記事を集めてきてくれ。どんなに小さくても構わん」
「わかった」
 亜紀が、鞄を持って部室を出て行った。
「村神は俺と一緒に来い」
「分かった」
 俊也が、空目に頷く。
「近藤と日下部は、生徒や教師に、当時の海原を知っているものが居ないかあたってくれ」
「うん、わかった」
「おっけー」
 稜子と武巳も出て行った。
 空目が残った二人のほうを見て言った。
「海原と村神は、放課後から活動開始だ」
「わかった」
「了解」









「それで、この子が子供のとき、恭の字みたいに行方不明だったって。まあ、地方の新聞記事だけどね。神隠し、とさえ言われたって。恭の字よりも前のことで――それも、」
 続けて亜紀の放った言葉は、秀麗な空目の眉さえもよせられた。もちろん、当事者である梗華の眉も。


「一家丸ごと」


「…そんなことがあったの?」
「たしかだよ。名前は直接出ていなかったけど、写真があった。あんたが写ってたよ」
「そうか…」
「木戸野、ご苦労だったな」
「ん」
「それじゃ、次はわたしたちだね」
 空目が珍しく亜紀を労うと、亜紀は椅子に陥没し、瞳を閉じて話をきく姿勢になった。
 稜子と武巳が、手にしたメモ帳を見ながら話し始める。
「あのね、生徒はみ〜んな梗華ちゃんのこと、初めて見たみたいだったの。梗華ちゃんの髪って珍しいから、一度見たら絶対に忘れないでしょ?」
「んで、教員にあたったら、古株の何人かは名前くらいは知ってた。さっき木戸野の言った、新聞記事で見たんだと思う。ま、記事には名前出てなかったみたいだけど…」
「そうか」
 稜子と武巳が席に座ると、空目は再び思考を始めた。
 幼い頃の一家神隠し。これほど印象に残る出来事はそうそうないはずだ。それなのに、梗華は記憶にない。そして梗華の家族もまた、それについて話そうとはしない。梗華がよほどショックを受けたというのなら忘れてしまう可能性も、幼児期ではないこともない。しかし、訊ねてそれを話そうとしない両親については説明がつかない。

 なにかが――おかしい。

 数秒の思考の後、空目はすぐに顔を上げた。
「これだけ情報が少なくては行動が起こせん。海原、たとえ断片でも思い出したり、訊き出す事ができたら連絡をくれ」
「分かった」
 空目の言葉に梗華は力強く頷いた。
「というより、先ほど家に電話をしたのだが、もしかしたらそのことについてきき出せるかもしれない」
「そうか」
「じゃ、そろそろ解散しない?」
 稜子が提案すると、空目は頷いた。
「ああ。…村神、俺と一緒に来い」
「分かった」


 がたがた


 椅子から立ち上がると、椅子が床とこすれる音がした。
 と、梗華の体がふらりと揺れた。
「海原っ!」
 咄嗟に傍に立っていた俊也が梗華を抱きとめることができたが、俊也が居なければ間違いなく梗華は床に倒れ、頭部を強打していただろう。
「おい、どうした?」
「いや……大丈夫だ、なんでもない…」
「梗華ちゃん、なんでもないわけないよ」
 稜子が心配そうに梗華の顔を覗くが、梗華は顔を歪めて微かに笑ってみせた。
 空目は鞄を手にした状態でその様子を見ていたが、やがて口を開くと「村神、海原を家まで送るぞ」と言った。
「なに馬鹿なことを言ってる。さっさと帰れ」
「海原。帰途でお前に倒れられてはこちらが色々と困る」
 俊也に抱きかかえられたまま梗華は空目に告げるが、空目は淡々と返した。
 空目のライトグリーンの瞳が、黒髪からのぞく。
「っ……」
「村神、支度はできたか」
「あ? ああ、今する」
 俊也はそーっと梗華から手を離すと、自身の帰り支度を始めた。
 梗華は鞄を床に下ろした。今なら勝手に帰ることもできなくはないのだが、諦めて、大人しく俊也の支度ができるのを待っている。
「よし、帰れるぞ、空目」
「そうか。帰るぞ、海原」
「………ああ」
 そして彼らは部室から出ると電気を消し、鍵をかけて昇降口へと降りていった。

 

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