あさきゆめみし



風が強い。開け放った窓から吹き込み、髪を乱していく。

「姫様、もう五年です。……いい加減、ご決断なさってください」
「そなたはもう、と言うか。私はまだ五年だ。生きてきた三分の一にも満たぬ」

重苦しいため息が背中から聞こえた。それから、窓の襖が閉じられる音も。幼少から世話になっている刀兵衛には、迷惑ばかりかけている。無論互いに馴れたものだが、今回ばかりはいつもと違うのだろう。それくらいなら、私自身わかっているつもりだ。斯様な屁理屈を並べ立てるべきでないことも。

「しかし、姫様も御歳十八。下々で何と言われているか御存知ですか」
「行き遅れ、だろう。そんなことはわかっている」

目が見えない日常が当たり前で、目が見える、美しいということがわかる、ということがどういうことなのかわかるはずもない。暗闇の色しか知らず、これからも音と匂いだけの世界で生きていくと思っていた――それなのに、ある男が残した言葉に捕らわれて早五年。とうの昔に諦めた、この眼を回復する手立てを、つい待ってしまう。

「わかっている……今年で、最後にするつもりだ。仙蔵にも申し訳がないしな」

巷ではそれなりに美貌の姫と扱われているらしい私だが、この歳にもなれば領民たちの声も厳しい。
私の目が見えるようになる方法を探し出す、と言ったかの忍者は、律儀に毎年決まった時期にやってきて、東西から聞き集めてきた療法を教えてくれた。城の医師たちに行わせたが、どれも、実を結ばなかった。
見えない目が見えるようになる方法などないのだとわかっている。わかっていた。けれど、仙蔵の真っ直ぐな声を聞くと、もしやと思うこと度々あり、縁談を片っ端から断り続けた。先方が領主の座目当てだとしても、私はいずれ婿を迎える他にこの血を絶やさぬ術を持たない。とりわけ由緒があるわけではないが、一人娘しか生まれなかった両親のためにも、子孫を残してやりたいとは思っている。
五年ともなれば、それなりの歳月。さすがの仙蔵も、諦めがつく頃だろう。いや……ついてもらわねば困るのだ。

「……刀兵衛」
「はい」
「仙蔵は、本気だったのだろうか。本当に私の目が見えるようになると思っておっただろうか」
「…かの者は、今も昔も、そう信じておるでしょう」
「そうか……」

五年前、仙蔵は約束をしてくれた。私の護衛任務をしくじり危険に晒したためお役御免にされたとき、去り際に残したのだ。
私の目を見えるようにする、と。それも、仙蔵と私自身の顔を見せるために。野に、山に、美しいものを見に行こうと言ってくれた。だから、それを信じていた。縋れる希望があるなら縋っていたかった。諦めはついていたつもりだったが、どうしても諦めきれなかった。

「刀兵衛、そろそろ仙蔵の来る時期だな」
「左様ですね」
「もてなす支度をいたせ。今年で最後なのだ」
「御意」

刀兵衛は返事をすると、部屋を出て行った。一人、ぽつねんと取り残される。
最近は本を読まなくなった。あの声でなければ、物語から命を感じられなくなってしまったのだ。侍女たちに何をさせるでもなく、日がな一日、日当たりの良い場所で鳥の声を聞きながらうたた寝をしている。

「…――仙蔵、」

ごろりと寝ころぶと、居眠りしていて仙蔵に怒られたこともあったと思い出した。本当に、良く相手をしてくれたものだ。
なあ、仙蔵。
お前がどこぞの領主の子息であれば良かったのにと思わない日は、一日とてないよ。私は、そなたの真っ直ぐな声に、どうしようもなく惹かれてしまったのだから。



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