ふたつめのあらましA



中学生のとき、私は部活に入っていなかった。お父さんと二人になってから、家のことは私がやらなければならなくなったからだ。バイトができない代わりに、ご飯を作ってお父さんの帰りを待っていた。
寝坊しかけた朝、曇り空を眺めて家を飛び出した。傘は持たなかった。するとすぐに雨が降ってきて、学校につく頃にはだいぶ濡れてしまっていた。
だからだろう。午後から熱っぽくて、保健室に行ったら早退しなさいと怒られたのだ。
「いま、お父さまに連絡してきてもらうから」
「はあい」
荷物を持ってきてくれた友達に心配されながら、お父さんの迎えを待つ。授業が終わる前にお父さんは学校について、私は車に乗り込んだ。楽なようにと後部座席に膝掛けを広げて、靴を脱いで足を投げ出す。体はシートベルトで固定しているから大丈夫。
「だから、傘持ってけって言っただろう」
「だって遅刻しそうだったんだもん…」
「まったく…このまま病院に行くからな」
水を飲んでいたので、唸るように返事を返した。
「道、混んでるな…」
雨が本格的に降ってきたからか、ワイパーがしきりに動いている。窓にあたる雨音もさっきより強くなってきた。
「ひな、少し揺れるからな」
そう断って、お父さんはいつもと違う道を走らせた。
見通しは悪くない、緩やかなカーブのある道。他に車はほとんど通っていない。
「おとーさん」
「ん、どうした?」
「…んーん、何でもない」
風邪を引いたから心細くなっているだけ。そう言い聞かせて、窓の外に目を向けた。
「っ危ない!!」
お父さんの声がして、急ブレーキ。シートベルトのおかげで飛び出さなかったものの、文句を言おうと顔を上げたとき、窓ガラスと雨が飛び散った。
「……、え」
大きくひしゃげた車体。
ひびの入った窓。
車内に降り込む雨。
「…な、何…? ねえお父さん、大丈夫?」
雨で視界が霞んで、お父さんの姿がよく見えない。雨の音だけが聞こえる。
「ねえ、お父さんってば…」
震える手でシートベルトを外す。体がひどく怠く、うまく外せずに手間取る。
「おと、」
シートベルトを外して覗き込んだ座席は、記憶に残っていない。ただ、周りに飛び散った鮮やかな赤色だけを覚えている。
「大丈夫ですか!? 今、救急車呼びましたから…、っ!!」
「っいやぁああ!!」
……衝突事故だった。カーブを曲がった相手の車が、雨で見通しが悪かったために私たちの車に突っ込んだのだ。当て逃げされることもなく、相手の人は救急車を呼んでくれて、自分から警察に話をしていた。私はと言うと、あまり記憶に残っていない。やってきた救急車に運ばれて、怪我は大したことないけど体調が悪そうだからと一日入院させられた。
翌日、吐き気と目眩を我慢しながらお父さんの病室に行くと、お医者さんや看護師さんが集まっていて、何があったのかを悟った。
不思議と涙は出てこなかった。相手の人を恨む気にもならなかったし。
ただ、外では雨が降りしきっていた。



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