桜前線、君を待つ。 | ナノ



第 十 一 話




「…あれ?」
店が閉まっているにも関わらず、ここに用がある風に立っている人影。
「兄、上?」
私や姉上のそれとは違い、明るい髪色にふわりとくせがある。しっかりとした体型で、背も高い。自宅以外で見かけたことのなかった兄上が、ガラス戸を隔てて仁王立ちしていた。
「…開いているのか。入るぞ」
「あ、兄上、どうなさったのですか?今日はお店は開いていません!」
「気になるのはそこなのか」
手短にツッコミをいれるが、そのまま店内に入ってくる。薄暗い一階を見回して、ふむと頷いた。
兄上はおそらく用事があってきたのだろうが、さっぱりわからないし、私は混乱するばかりだ。
「というかですね、どうして兄上がここをご存知なのですか?」
姉上でさえ私が言うまで知らなかったというのに。
「姉さんに聞いた」
それもそうだった。
「妃琉、あれはどこだ?」
「……あれ?」
「あの男だ」
しかめっ面をした兄上がきょろきょろと視線を巡らせる。兄上の知り合いで、この店にいる男といえば、玉鼎しかいない。けれど今は、正直誰かに会えるような状態ではない。
「玉鼎さん、ですか?」
無言で頷く。そういえば、兄上や玉鼎さんからお互いについて話してくれたことはなかった。公明に話を聞いてから、二人は険悪かと思ったけれど、会いに来ているくらいだからそういうわけでもないようだ。
「今はお会いできる体調ではありません。風邪をひいてるんです」
「そうか。で、どこにいる?」
「兄上…」
何が何でも玉鼎に会うつもりらしく、兄上は立ち去る素振りを見せない。見舞いに来たという雰囲気ではないが、教えるまで帰らないだろう。
「……はぁ。二階にいらっしゃいます。私は食べ物を作ってきますから、とにかく玉鼎さんに無理をさせないでくださいね」
「わかった」
頷くと、一目散に階段を上がって行った。不安はあるけれど、早くお粥を作らなければと思い、キッチンに移動した。





「玉鼎さん?できましたよ」
軽くノックをして、玉鼎のベッドのそばまで行く。兄上がそこに佇んでいて、玉鼎も身を起こして話をしている様子だった。
「妃琉、帰るぞ」
「は?」
兄上が真剣な顔をして言った。突然のことで咄嗟に玉鼎を見ると、彼自身も驚いているようだった。
「燃燈、話に脈絡がない上に妃琉が理解していない」
「後から話す」
とにかく、早く帰ろうと言う。私はお盆にお粥と水の入ったコップをのせながら、兄上の言っていることを理解しようと、必死で噛み締める。
しびれを切らした兄上がぱっとお盆を取り上げたことで、やっと意識がはっきりした。すぐにそれを取り返して、初めて兄上を睨み付ける。
「帰りません。私は、楊ゼン君に玉鼎さんの看病をするように頼まれましたし、このまま一人にはできません」
硬直した兄上の横を、罪悪感を抱えながら通り過ぎ、ベッドの端にお盆を置いた。
「梅を入れました。熱いので気をつけてください」
「あ、ああ…」
玉鼎は驚いたように私と兄上を交互に見る。私の視線に気付くと、兄上を気にしながらも、お粥に手を着けた。
「……妃琉」
「帰りませんよ」
兄上の言葉に即答すると、ややしばらくの間があって、再び口を開いた。
「帰るときは迎えに来る。連絡を入れてくれ」
振り返らずに、部屋を出て、店を出ていってしまった。そうしたのは私なのだけれど、ひどく穏やかな声が心配にさせた。
「……ありがとう」
ゆっくりとお粥を消化する玉鼎が、急に手を止めて言った。顔を見ると、少し悲しそうだった。
「兄上が、病人を放っておけというからいけないのです。普段はそんな方ではないのに」
思わず愚痴るようにこぼすと、ふわりと頭の上に熱を感じる。見れば、玉鼎が優しい手つきで頭を撫でてくれている。
「燃燈は、お前のことを心配しているだけだ」
風邪で辛いはずなのに、それでも薄く笑って続ける。
「妹が自分とは仲の悪かった俺と親しくしているんだ。兄なら、心配して当然だろう」
事も無げに言ってのけると、またお粥を食べ始めた。


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