桜前線、君を待つ。 | ナノ



第 九 話




「……というわけです」
「そっか、だから望ちゃんが来てないんだね」
太公望と申公豹を見送った後、普賢のアンティークショップに着いた。相変わらず、客足は皆無。
「それにしても、妃琉は最近よく知り合いが増えるね」
緑茶の入った湯呑みを啜ると、普賢がにっこりと笑う。親戚のお兄さんみたいに私を心配して、大事にしてくれている。……親戚といえば、太乙がそうか。
「はい。たくさんの方とお知り合いになれて嬉しいです」
つい先ほども、申公豹と知り合ったばかりだ。出会いが多い分、誰かと別れることにならないだろうかと心配している。みんな、いつかは別れることになるのだろうけれど。
普賢と静かにお茶を飲みながら、今日は姉上と兄上にお土産を買っていこうと考えた。





小さなキーホルダーを三つ買って、店を出た。
結局太公望は来なかったし、他にも誰も来なかった。時計を確認すると、今は四時半。歩いて帰ればちょうどいい時間に帰れるだろう。
「あらん?貴女、もしかして申公豹の言っていた竜吉ちゃんの妹かしらん」
間延びした甘ったるい声が背中を撫でた。どきりとして振り返ると、スラリと背の高いモデル体型の女性がいた。
「申こ…姉上をご存知ですか?」
最近、会話の切り口がこればかりだ。
「知ってるわよん。妾たちは同じ学校に行っていたからねん」
くるりと回ると、肩に掛けているショールがふわりと揺れた。ひどく綺麗な人だと思う。淑やかな姉上と違い、華々しい美しさだ。種類としては趙公明に近いかもしれない。
「えと、それより…どなたですか?」
「あら、妾を知らないのん?妾は妲己よん」
語尾にハートマークを付けて、そう名乗った。
この人も、何というか……面倒くさそうな人種だろうなあと愛想笑いを浮かべながら思った。
「妲己さん、私に何か御用ですか?」
「申公豹が面白いことになってるって言うから、ちょっと見にきただけよん」
ばちんとウインクを決める妲己を見て、どうも性格的な相性はあまりよくなさそうだと判断する。
「妃琉ちゃん、貴女玉鼎ちゃんのことが好きなんでしょう?妾なら、協力してあげられるわん」
だから、その情報はどこから流出したのだ。
玉鼎をちゃん付けしていることも気になったが、初対面で手伝える、と言われたことの方が気になった。
「ええと、具体的には、どんな風に…?」
恐る恐る訊ねてみると、妲己は可愛くポーズを決めて言い放った。
「もちろん媚薬よん!!」





しきりに媚薬を作らせたがる妲己を宥めてすかして、なんとか解放されたのは一時間もあとのことだった。次に会ったときもまた絡まれそうで、正直かなり怖い。
「……はあ」
「ため息つくと、幸せ逃げるよ」
「きゃあ!?」
耳元でそっと囁かれて、驚いて振り返る。また変な人に絡まれるのかと予想してみれば、そこにいるのは久しぶりの楊ゼンだった。お使いの帰りなのか、手にはたくさんの紙袋を提げている。今日は女装していないみたいだ。
「そんなに驚くかい?」
「いいいいきなり耳元で囁かないでください!」
いつもより低い声が誰かを連想させただなんて言えるはずもない。
「ごめん。…今、帰り?」
笑いながらではあったけれど、素直に謝ってくれる。色んな意味で頷くと、楊ゼンはポケットから携帯を取り出した。
「――あ、師匠ですか?ちょっと妃琉に会ったので、送ってから帰ります。はい、少し遅れます」
ダイヤル式の電話の受話器を持って、短く相槌をうつ玉鼎を想像すると、なんだか少しおかしかった。
「え、でもまだ明るいですよ」
と抗議してみるが、
「師匠が絶対家まで送り届けろって」
と返されてしまい、やはりぐうの音も出ずに家の前まで送ってもらった。
ああ、楊ゼンに玉鼎へのお土産を渡してもらおうと思っていたのに、すっかり忘れていた。


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