「・・・はあ、」

年を越して一番寒い季節。吐いた息は真っ白になって風に流されていく。腕の時計を見ると、ここに来てから一時間は経っていた。最近仕事で蔑ろにした仕返しか、と頭の隅で思うものの「待ってて」の一文と罪悪感が足を縫い止めていた。

「・・・おい、そこの!・・・お前だよ!」
「え!」

ぐい!と時計を見るために軽く上げていた腕を強引に引かれ、驚きと共に身体が傾き、どん。と引いた人物にぶつかる。ハッとして顔を上げるがそこに顔はなく、目線をそのまま下へ向けると、暗闇の中でも街頭の光を映して輝く金色の瞳と、ばちりと目が合った。

「・・・さっきからずっと店の前に立って、なにやってんだ?」

そう言われてよくよく見れば、ぱりっとした真っ白なシャツに黒のエプロンをしていて、瞳と同じ金色の長い髪の束が肩から胸へと流れていた。背後には黒いデザインのBARのような風貌の店。

「す、すみません!その、待ち合わせを・・・」
「一時間もか?」
「ええと、その、」
「冷えるだろ、中、入れよ。」

顎でくい、と示す先には店。ずっと見られていたようだし、今更大丈夫だと言っても仕方がない。と、最初はそんな気持ちでこの店に入った。

中に入るとカウンター席が主で、テーブル席は隅に二つしかない。本当にBARだったのか、と一番奥のカウンター席に座る。いままで気づかなかったがだいぶ冷えていたのか指先と鼻先が店の暖かさに、じん、とむずがゆいような感覚に陥って思わず両の手を擦り合わせる。

「ばかだなあ、」

呆れたようにそんなことを言ってくる彼はカウンターの向こう側でカチャカチャと音を立てて食器を片しているようだ。こちらの事情も知らずに、それも初対面の人間にこんなことを言われて。普段温厚だと言われる自分でも黙っているわけにはいかない。
が。目線を上げると、文句も喉で止まってしまうのだ。
本当に綺麗な人だ。口調から男だと思われるが、伸びた金髪が中性的な顔立ちに合いすぎる。それに服の上からでも華奢なのがわかるものだから、確信には至らない。

「待ち合わせは本当ですよ」
「なおさら、だ!」

自分のことでもないのに語尾を強めた彼はもともと猫のようだった目をさらに吊り上げていた。一時間も待たせる相手なんてほっとけ、とぼやきながらも、こぽこぽという音と共に珈琲の良い香りが漂ってきた。

「あれ、ここBARなんじゃ、」
「はあ?ここは喫茶店だ!!」

と言いながらも、よく間違えられるのかそれほど怒っていないようで表情は先ほどのものよりは柔らかい。ちょっとすると「ほらよ」と珈琲が出された。ほのかに立つ湯気を見ているだけでも温まる気がするが、ずっと見ているわけにもいかないのでそっと口に含む。
珈琲の良い香りが鼻から抜ける。

「・・・すごい、美味しい。」

思わず思ったことが口をついて出てしまった。職場にも高い珈琲メーカーが置いてあるが全然違う。そもそも比べ物にならない。喉を通ったあとも口の中に香りと余韻が残って、次の一口までずっと美味しい。
随分とゆっくり飲んで、ふう、と一息つくと、いつから見ていたのかカウンターからこちらを見る金と目が合う。

「はは!そんな美味そうに飲む奴久しぶりだ!もう一杯飲むか?」

サービスするぜ!と元気よく笑う。・・・太陽みたいだと思った。









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