0センチ

烏野高校排球部の黒いジャージが一番似合う彼が好き。

ムスッとしてて笑顔が怖くて素直じゃないけど、綺麗で強くて、でも危うくて目が離せないんだ。


「…ぃ、おい濱田」
『ん…ぁ?』


あ、やばい寝てた。
バレー部のマネージャーである私はいつも部活終わりに部室で日誌を書いてから帰るんだけど、今日は気温も高くて体力消耗した分いつもより疲れてたみたい。
机代わりの椅子に突っ伏してたところを忘れ物を取りに来たであろう影山に起こされた。


「こんなとこで寝てたら風邪引くぞボケ」
『バカだから風邪引かなぶぇっくしょい!!』
「…それ自分で言うか」


女子のくしゃみじゃねえとか呟きながら忘れ物を手にしてカバンに入れる影山。
昼間は暑かったのにやっぱり夜は冷えるなあなんて言ってデリカシーのない独り言を無視する。


「まだ帰らねえのか?」
『んーあとちょっとだから終わらせてから帰るよ』


そうか、と私に背を向けて出口へ足を運ばせドアノブに手をかける。
あ〜帰っちゃうのかあ、まあそうだよね帰るよね普通に。と思いながら日誌に視線を戻す。

…けど、一向にドアノブを捻る音が聞こえない。
影山フリーズした?


『な、何見てんの』


影山を見ると、ドアノブに手をかけた状態で何か言いたげにじっと私を見ていた。


『ねえ、え?ほんとどうしたの?』
「…あー、クソが」
『な!こら!女の子に向かってクソとはなんー…』


突然の暴言にムキーッとなりかけた私の視界が黒く染まった。
それと同時に影山の匂い。


『え…、?』
「マネージャーに風邪引かれたら困る」


なんて言葉と同時にドスンと横に振動を感じた。
どうやら影山のジャージの上着を私に被せてくれたみたいだ。

被せられたジャージを捲って視界を自由にすると、隣には若干顔を赤らめて月バリを読む影山が座っていた。

なんなの急に。なんなのそのぶっきらぼうな優しさ。ますます好きになっちゃうじゃんバカ山。


『もしかして待っててくれてるの?』
「あ?違えよ、月バリ読むの忘れてただけだ」


そんなの毎月自分で買って家にあるくせに。
何なら今日だって部活前に読んでたくせに。

不器用すぎる優しさが私の心臓を鷲掴んで苦しい。こんなに苦しいならもう伝えてしまいたい。楽になりたい。

隣に座る影山との数十センチの距離がもどかしくてたまらない。
日誌を前に手を進められずにいると、そんな私を不思議そうに見やる影山。


「おい、書かねえの」
『…手、冷たくて書けない』


そんなわけないけど。
えっ…と何やら本気にしてしまったような影山に、うそうそ、書きますとシャーペンを持ち直すと


「貸せ、」
『え』


ポトリと床にシャーペンが落ちる。
空になった私の利き手は影山の大きな手に握られた。
何この展開、夢?


『あの、影山さん…?』
「…全然冷たくねえ」
『いや嘘だって』
「何だよ」


呆れたように手を離す…かと思いきや、握ったまま私を見つめる影山。

もう、ほんとに何なんだろうおかしいよ今日の影山。こんなん期待しちゃう。


『影山…日誌書けない』
「明日でいいだろ」
『じゃあ帰る?』
「…」


黙ってしまった。
けどまた何か言いたげに口をもごもごさせている。
何を言い出すかと思えば、


「…あと5分だけ握らせろ」


私と目を合わせずにそう言って顔を背ける影山の耳は真っ赤に染まっていた。

可愛いが過ぎるんじゃないかい影山くん。
もう好きが溢れすぎてどうにかなりそう。

どうにかなっちゃったらだめだけど、このくらいならいいよね。

よいしょ、と2人の間の数十センチの距離をゼロにした。
腕が密着して、衣類越しに影山の体温を感じる。


「なっ!?」
『へへっ』


ビクッ!と可愛いくらいにわかりやすく驚いてこちらを向く影山。ヘラっと笑ってやった私だけど、きっと影山に負けないくらい顔が赤いんだと思う。


『寒いからあっためてよ』


こんな真っ赤な顔と上昇した体温で寒いなんて説得力のかけらもないけど、そんなの気にしない。影山も、気にしてない。


「っ、クソ!」


ガバッと抱きしめられた衝撃で影山の上着が床に落ちる。
夢にまで見た影山のハグに大暴れする心臓を無視して影山の首元に顔を埋めると、少しの汗の匂いと元々のいい匂いがして、やっぱり好きだなあと思った。


『影山、わたし影山のこと好』
「好きだ」


思わず言いかけた告白を告白で遮られた。
影山が、私を好き?


『ま、待って、ほんと?現実?』
「当たり前だろ」


ぎゅっと抱き締められる力が強まって、私も強く抱きしめ返した。


『じゃあ私、影山の彼女?』
「っ!お、おう」
『わあ…』


なんだか本当に夢みたいで感嘆の声が漏れる。
抱き締められていた腕が緩んで解かれると、相変わらず赤く染めて難しい顔をしている影山がいて。
嬉しいのになんでそんな顔なの、と思わず吹き出した。

うるせぇボケ!と、やっぱり罵倒ボキャブラリーに乏しい影山に改めて好きだよと伝えると、難しい顔が少し緩んで返事の代わりに大きな手で頭を撫でられた。


ーーーー


時刻は8時を回ったところ。そろそろ帰ろうかと2人で部室を出る。
遅いから送ると言われ、いつもの通学路を影山と歩いた。


『これからはいつでも好きって言えるんだ』
「っ、ああ」
『ぎゅーもいいの?』
「人前ではやめろよ」
『ちぇー』
「…その代わりー…」
『、わっ!』

グイッと繋いでいた手を引っ張られて影山の胸に引き寄せられたと思ったらすぐ、耳元で


「2人の時は甘やかしてやるから」
『〜〜〜っ!』


こんなことを囁かれてブワッと音が出そうなくらい顔に熱が集まった。
本当にずるい男!


『影山のバカ!ボケ!イケメン!』
「は!?貶すのか褒めんのかどっちかにし、」


私ばっかりワナワナして悔しいからと、影山の胸ぐらを掴んで精一杯背伸びしてちゅっと一瞬だけ唇を合わせた。


「なっ…!は!?」
『私はいつでも甘やかしてやるよーだ!覚悟しろ!』
「クッソ…もたねぇ」


うん、私も心臓もたないと思う。
自分から仕掛けたのに心臓はポーカーフェイスという言葉を知らない。


ギャーギャー騒ぎながら帰路を辿る幸せな夜。
これからどんな楽しいことが起こるかな。と思いを馳せながら繋いだ手に力を込めた。



(翌日の部活にて)

『飛雄おはよ!』
「おう」
「え!?今、え!?」
「は!?影山!?てめえどういうことだコラァァア!!!」

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