ひとりじめ

俺には、溶けそうなくらい可愛い彼女がいる。
身長は155センチくらいだろうか。ふわふわな栗色のショートボブに白い肌、長くカールされた睫毛に二重の優しい目はまるで包容力を具現化したもののようだ。マリア様の生まれ変わりなのかもしれない。

今までこの可愛さで何人の男を転がしてきたんだろうと考えると気が狂いそうだし、きっとそうやって何人もの男を狂わせてきたに違いない。

でも素晴らしいのは見た目だけに留まらず、性格までもが俺基準の最高値にあった。

俺は所謂バレー馬鹿であり、何よりもバレーが最優先の生活を送っている。
それは彼女という存在があっても例外はなく、おかげで今まで付き合った顔だけ可愛い子ちゃん達には愛想尽かされて振られ続けていた。

だが咲はと言うと


『及川くんのバレーはすごく綺麗』

『記念日なんてこの先何回でもあるでしょ?そんなことより試合勝ってよ。それが私が今一番ほしいプレゼントだな』

『はちみつレモン作ってあげようと思ったのに間違ってメープルシロップ買っちゃった!やってしまった』


俺のバレーに対する気持ちをさも当たり前かの様に尊重して献身的に支えようとしてくれて(たまにドジだけどそんなところも可愛い)一年半付き合っている中で一度も文句を言われたことがない。

非の打ち所がないのだ。
こんなの溺愛してしまうに決まってる。


そんな彼女のおかげで順調に交際は進んで、高校卒業後はすぐに同棲を始めた。
卒業後もバレーばかりの俺と会えないのが寂しいとかではなく、逆に俺が毎日咲に会いたいし一緒にいたいから自ら提案した。

どんなに忙しくても家に帰れば会える。
こんな幸せなことはない。


『あ!徹、おかえりなさい』


今日もヘトヘトで帰ってきた俺を笑顔で出迎えてくれる天使。パタパタとスリッパを鳴らしながら玄関まで出向いてくれた。


「咲〜〜ただいま!!会いたかったよ〜」


荷物を全部落として目の前に来た咲を抱きしめる。あ〜〜幸せ。可愛い。


『もう、大事な荷物落としちゃって』

「目の前にもっと大事なものがあるんだもん!」


新婚かよと思うだろうけど、同棲を始めて早一年。毎日こんな感じでラブラブだ。


『今日もお疲れ様、よしよし』

「はあ、好き。及川さんもう元気。」

『ふふ、私も元気でた!会いたかった』

「っかわいいなこの〜〜!!」


高校の時は会いたかったとか全く言わなかったのに同棲を始めてからはたくさん言ってくれるようになった。
寂しい思いをさせてるんじゃないかと気を遣わせるのが嫌で言わないようにしていたらしい。

そんなことお互い気にしないくらいの仲になったんだなあとしみじみ感じて改めて大切な人だとその度に実感する。


『ほら、靴脱いで。ご飯できてるから食べよう』

「やった!さすが俺の将来のお嫁さん」


腕を離しながらそう言うと、ほんのり頬を染めて「もう、ばか」と俺を小突きながら照れる咲。
あーもう、ご飯の前に咲を食べたい。


そんな咲は今栄養士になるための学校に通っている。噂によるとやはり校内の数少ない男子に密かにモテモテらしく、俺は内心穏やかではない。

浮気の心配なんて全くしてないけど、咲は人前で惚気たり浮かれたりするタイプではないからフリーだと勘違いした男に狙われでもしたら堪らない。
本人は全く気にしていないんだろうけど。


食卓につくと、栄養満点のメニューがずらっと並んでいた。どれも本当に美味しそうで、こんな料理を毎日食べている俺は完全に胃袋を掴まれている。


「今日も美味しそう!毎日ありがとうね」

『ううん、徹がいつもおいしそうに食べてくれるから嬉しくて』


今日も美味しくできてるといいなと言いながら一緒に手を揃えて食事を始めた。


「んん〜〜やっぱうまい!!」

『よかったあ!今日はね、授業で習った調理法挑戦してみたの。栄養が逃げないように玉ねぎを…』


そう楽しそうに少し興奮気味に説明する咲を見るとなんだか俺まで嬉しくなる。

咲はずっと俺を支えたいからと言って栄養士を目指し始めたらしい。彼女の未来に俺がいることが当たり前に思われているのも嬉しいし、俺のために勉強をしてくれているのも泣きそうなくらい嬉しくて愛しい。


他愛のない会話をしながら幸せな食事の時間が終わって、台所に並んで一緒に洗い物も済ます。


『お風呂入る?沸かしてあるよ』

「ありがと、入ってくるかな!」


空腹を満たすと、つぎは1日の汚れを落とす。すでに丁度いい温度で張られているお湯に浸かるとこんな至れり尽くせりの毎日でいいのだろうか、いつかバチが当たるんじゃないかと恐怖すら感じるほど幸せだ。

俺は咲に何かしてあげているのだろうか。
いつも与えられている幸せを感じて、咲は同じように幸せと思っているのだろうか。


風呂から上がって軽く髪を乾かした後リビングへ戻ると、ソファに座りながらすやすやと眠る咲が見えた。
そりゃあ、疲れるよなあ。
朝早くから夕方まで勉強して、帰ってからは掃除をしたりご飯を作ったりして休む暇はあまりないように思う。

咲の横に座って自分の肩に咲の頭がもたれるように寄せる。


「いつもありがと、愛してるよ」


瞼にキスを落とすと、ピクッと反応してゆっくり目を開けた。


『あ…寝ちゃってた』

「咲、」

『ん、どうし…っん』


咲の唇に深く口付けると、一瞬驚いていたようだったけどすぐに目を閉じて応えてくれた。

両手で輪郭をまさぐるように掻き上げて深く深くキスをする。愛おしくてたまらない咲を自分だけがひとりじめしているのだと思うと、堪らなく嬉しくなる。
そのままソファに押し倒すと、軽く胸を叩かれて一度唇を離した。

今すぐにでも美味しく頂きたいところなのに。


『ここじゃなくて…布団でゆっくり、しよ?』


お互いの唾液で艶めかしく濡れる咲の唇が小さな声を放つ。
俺はだらしなくもドキッとして咲を抱き上げ布団へ寝かせ、再び覆い被さった。


咲は優しくも熱っぽい眼差しで俺を見上げて柔らかい手つきで頬を撫でてくる。
俺はいつまでも咲には頭が上がらないし、敵わないんだと思った。


「愛してる」

『うん、私も愛してるよ』

「早く咲を完全にひとりじめしたい」

『?…今は違うの?』

「んー、もう少し準備したら言うね」


何かわかっていない様子の咲が、ふふっと笑って「わかったよ」と答え、俺は再び口付けた。


もう少し、俺がちゃんと咲を支えられるようになったら言うから、その時はまたいつもの笑顔で笑ってね。







翌朝
(徹…牛乳パン)
(え、何?寝言?)
(そんな食べちゃ…栄養、かたよ…る…)
(夢の中でまで俺の心配なんて…大好き!!!!)


fin


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