28 僅かな隙間

「やっぱり蔵馬に会う、だと?」
「…うん、ダメ?」
「貴様、俺の話しを聞いていなかったようだな。…もう一回ヤるか?」
「いえ、滅相もございません」
「なら何故、」
「…お母さんのプレゼント、って言われたらさぁ…やっぱ力になりたいって思うじゃん…」

天井を仰ぎ軽く溜息をつく凪沙に、飛影は呆れた。

飛影の有言実行は、すぐに行われた。家に帰って来てたや否や、ぽんっ!とベッドに放り投げられ、何度か身体を重ね合った二人。こんな時に限って幻海は外出中で、白昼堂々と愛を育む行為は背徳感を生み、なんとも言えぬ気持ちになった。嫉妬からの欲に塗れたこの男に抗議などしても無意味で、凪沙は身を任せ飛影の愛に溺れていった。

事後のまどろみに浸り、下腹部の痛みを実感する最中、ふと思い出したのは先ほどの蔵馬の言葉。デート、と聞くと飛影にしたらとんでもない嫌悪かもしれぬが、元の目的は母親の誕生日プレゼント選びだ。
凪沙自身母を亡くし、そういったイベントは毎年花を供える事くらいしか出来ぬ現状は、飛影も理解している。自分の母の代わりとは言わぬが、蔵馬の母を思いやる気持ちも十分共感出来た。
だからといって、今回のような事態になりかねないのは否めなかった。飛影の眉間に、再び皺が出来る。その瞬間を凪沙は見逃さず、彼にピッタリとくっついた。

「ね、飛影。お願い。私蔵馬のこと、なんとも思ってないよ?でも、蔵馬がお母さんを大事にしてる気持ちもすごく分かるから…その…」

上目遣いで懇願し、自身の身体に触れる彼女の柔らかい肌と胸の膨らみ。そこから感じる体温。飛影は、凪沙のこれに弱かった。
彼女はきっと、純粋に蔵馬の母を思いやっているだけだ。恐らく命を削ってまで母の命を助けようとした蔵馬の過去を知っているからこそであろう。
問題は、狐の皮を被ったあの男だ。飛影は今日感じた危惧を回顧した。…本当は会わせたくない。だが、蔵馬の母を思いやる彼女の心も汲んでやりたい。脳内で天使と悪魔が攻防する上で、彼が出した答えは。

「…少しだけだ」
「え?」
「蔵馬のそのプレゼント選び、とやらに付き合うだけなら良い。それ以上は許さん」
「…ありがとう!!飛影!!」

ぱぁっと晴れた笑顔を見せる凪沙に、飛影は自身も随分と甘くなったものだと実感する。この女と関わるようになってから、自分が変化していることに自覚はあった。これも、日々彼女が注いでくれる愛情のせいなのだろうか。

そして凪沙と決めたのは、蔵馬と会うのはプレゼント選びに付き合うだけ。むやみやたらに触ったり隙を見せたりしない事。…といっても、後者は飛影の一方的な押し付けだが。

そんなこんなで凪沙は蔵馬と連絡を取り、再び会うことを決めた。
待ち合わせは、皿屋敷市から少々離れた駅。最近駅ビルの改装工事が終わり、地元の人は勿論市街からも多くの観光客が集まる話題のスポットだった。
蔵馬は指定された改札口で待っていると、人混みの中から凪沙を見つけた。クリーム色のハイネックニットと淡いピンクのプリーツロングスカートに身を包み、髪も軽く巻いている凪沙に、先日とはまた違った印象を受け蔵馬の胸は再び高まった。
軽く手を上げ、彼女を迎い入れた。

「蔵馬、お待たせ!ごめんね、遅れちゃって…」
「電車が遅延してたみたいですね。仕方ないですよ」
「うん、ありがとう」
「さ、じゃあ早速行きましょうか」

サッ、と凪沙の肩に手を回した蔵馬に凪沙はぎょっとする。瞬時に飛影との約束が浮かんだが、蔵馬のおかげで隣を行きかう人混みとぶつからなくて済んだ。「これは不可抗力だ…!」と言い聞かせ、彼に促されるまま凪沙は歩んで行った。

時刻はちょうど昼過ぎで、飲食店が並ぶ階にはそこらじゅうの店で列が出来ていた。タイミングの悪いことに会って早々凪沙から立派な腹の虫が鳴り、蔵馬は「先に腹ごしらえでもしましょうかね」と提案してくれた。ましてや、身支度に時間をかけ会いに来てくれた事を上手にフォローしてくれるものだから、女心を誰よりも理解してくれる。…誰と比べているかは、敢えて言わないが。

列に並んでいる間も蔵馬の話しは退屈はしなかった。秀才なだけあってか、蘊蓄話しも面白おかしく話してくれて、待ち時間は全く苦にならなかった。そして食事も、率直に言うと食べ方が綺麗で彼の育ちの良さを垣間見た。
蔵馬と二人で会って小一時間もたたぬうちに、彼の虜になりそうな感覚に何度も落ちそうになった。凪沙には飛影という存在がいるため、根本的な所はぶれなかったものの、世の女性たちはきっとこういうのに弱いだろう。もし飛影がいなかったら、自身もまんまと彼の手の平で転がされていたに違いない。

食事を済ませた二人は、今日の目的である志保利へのプレゼント選びをするために雑貨屋が並ぶフロアへ。北欧インテリアやヴィンテージ雑貨、キャラクター専門店等の様々な店舗があり、周りは女性客やカップル層が多い。蔵馬と凪沙は軽く一周し、キッチン用品とインテリアの小物が並ぶ店へ入った。

「蔵馬のお母さんってどんな人なの?」
「そうだな…一言で言えば、優しい人かな」
「私、蔵馬の家に勉強教えて欲しいって電話した日あったでしょう?あの時蔵馬のお母さんが電話取ってくれてさ、声が優しくてその感じが伝わったよ」
「本当?それは俺も嬉しいな」

母の話しをする蔵馬の表情は、今まで見たことのないような穏やかさや温かさを感じる。その瞳の色は優しく、本当に母を大事にしていることが十分伝わった。蔵馬は妖怪だと言うが、そんな事実を忘れさせるような人間味の深い人物だと凪沙は思った。

「…蔵馬、きっと何を選んでもお母さんは喜んでくれると思うよ」
「え、そうかな?」
「うん。だってこんなにお母さんの事が大好きな息子からのプレゼントだよ?喜ばないわけないじゃん」
「…そうだといいな」
「きっとそうだよ!…何をあげたら一番喜んでくれるかな?」

凪沙は店内に並ぶ雑貨やキッチン用品を細かく凝視し、デザインや機能性、値段等を精査する。正直、蔵馬は女性の好みなんてものはよく分からなかった上、まさか凪沙がここまで真剣に選んでくれるとは思わなかった。
…きっと、凪沙も自分の母親を大事にしていたに違いない。半ば、飛影への当てつけのようなもので今日のデートを誘ったことに、少々罪悪感が芽生えた。

蔵馬もまた、凪沙と同じ目線になるよう腰を屈め商品を手に取り吟味した。

「あ、これなんかどう?」

凪沙が手に取ったのは、小花柄のエプロンだった。それはデザインや色合いが柔らかく、蔵馬が思う志保利のイメージにピッタリのもの。他にも同じ種類のエプロンが三、四つあった。

「…うん、いいかも。母さんに似合いそうだ」
「そっか、それなら良かった!あとは色味だね。何色なら似合いそう?」
「そうだな…」

ピンク、水色、黄色、黄緑と、華やかな色とりどりのエプロンに蔵馬は迷った。どれも志保利に似合いそうだ。
一方凪沙は、電話越しでしか志保利の事を知らないのでこれ以上言及するのも…と思い。

「私、ちょっと違うところ見てくるね。ここからは蔵馬がじっくり選んだほうが良いと思うから…」
「うん、そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて悩ませてもらおうかな」
「いいよ!もし迷ったら呼んでね」
「ああ。ありがとう」

笑顔で軽く手を振った凪沙の背を蔵馬は見守った。

“ねぇ、もしかしてガールフレンド?”

いつぞやの母からの言葉が木霊する。…本当にそうなったら、母さんに会わせられるのにな。と蔵馬は心の中で呟いた。



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