25 新たな疑惑の浮上

「はぁー、なるほどね。それで見事振られてきたってわけか」
「なんというか、本当幽助らしいですね…」
「お前らなぁ!ちったぁ俺の事フォローするとか!優しくするとか!なんかねーのかよ!!」

半泣きで訴え、拳を握る幽助に、桑原と蔵馬は「自業自得だ」と言わんばかりに溜息をついた。
ここは皿屋敷市内にある、とある喫茶店。昔ながらの老舗特有のレトロな雰囲気が漂う、蔵馬のお気に入りの店だった。店内に流れるジャズミュージック、鼻を掠めるコーヒーを挽く香ばしい匂いが優雅な時間へと誘う。…はずだった。
幽助から連絡が来たや否や、「話を聞いてくれ!」と電話越しで既に半泣きだった彼を慰めるために桑原と共にここへ連れて来たものの、やはり適当なファミレスにしておけばよかったと後悔する。今の彼にとってはこの喫茶店を楽しむ余裕など一切なかったのだから。

幽助から聞かされたのは、先日こっそり幻海邸へ足を運んだ旨だった。凪沙が引っ越してから彼女への思いが日に日に増し、修行が落ち着いた頃を見計らっていざ会いに行ってみたはいいものの、幽助の目論見は見事玉砕された。
凪沙の心は、既に奪われていたのだ。恋敵という言葉はなんだか不釣り合いな彼…飛影に。幽助が言うには、自身が帰った後予想通り飛影は凪沙の元を訪れ、言わば無事ゴールインしたとかなんとか。追い打ちをかけるような連絡が幻海から入ったものだから、腹の虫が治まらなかったらしい。
未だ「飛影の野郎…くっそぉ…!」と悔しがる幽助に桑原と蔵馬は頭を抱えた。

「浦飯よぉ…お前がそこまで本気だったとは正直思ってもいなかったぜ…。お前にゃ螢子ちゃんがいるだろう」
「螢子とはまた話が違わい…!!」
「まぁまぁ。落ち着いて…といっても難しいでしょうけど。俺が驚いたのは、寧ろ飛影の方ですよ」
「それは俺も思ったぜ。まさかアイツが恋愛っつーか、女に興味を持つことがそもそも信じられねーっつーか…」
「あいつは、浅はかじゃねぇよ。凪沙の事、本気で考えてる感じだった」
「初めて凪沙ちゃんと顔を合わせた時も、意外な反応してましたからね」
「なぁ、そのことなんだけどよ。俺ずっと気になってたことがあって…」
「…んだよ、桑原」

不貞腐れた幽助は机上に顎を乗せ、桑原を見やった。ぐすん、と鼻を啜る幽助といったら、まるで自分の我儘が通用しなかった子供のようで。そんな様、一喝してくれる螢子がやはり一番お似合いなんじゃないかと、桑原はこっそり思うものの今はその旨を飲み込んだ。

「その飛影が言う知り合いってのはよ、一体どんな奴なんだ?俺たち以外に人間の知り合いっているのか?」
「…その事なんだけど、俺も気になってて」

相槌をしていた蔵馬もまた、口を開いた。

「彼は人間界に来てから日は浅い。…そもそも、妹を探すためにこちらの世界へ来たくらいですから、俺たち以外の人間との接触もほとんどないはずなんですよ」
「…じゃあ、人間じゃないとすると」

妖怪?…いやいや、まさか。
そんな疑惑が全員の頭に過った。信憑性があまりにも欠ける。実際凪沙は人間の父と母を持ち、目覚めたのは元々持っていた霊力のみ。妖気など微塵にも感じたことはない。
だが、幽助は桑原、蔵馬の発言を機に幻海邸へ足を運んだあの日の事…飛影とのやり取りを回顧すると。

「…俺、一個気になる事あったんだけどよ」
「なんだ?浦飯」
「初めて凪沙と俺等四人で会った日、あっただろう?」
「確か、進路希望調査の手紙を凪沙ちゃんが届けてくれたんでしたっけ」
「あぁ、確か雨もすごくて雷が鳴ってたんだよな」
「そう!!雷だよ!!!」

ガタン、と幽助が身を乗り出した。突拍子もない幽助を「落ち着け」と二人は宥め、再び席に着かせた。
雷が一体なんだっていうのだ。二人は幽助の意図が汲めず疑問符が頭上に浮かぶ。

「俺が凪沙を家に入れた後、アイツの手を冷やすために台所いっただろ?あれ、実は玄関の外で雷にビビッて、凪沙は手の甲に爪立ててたんだよ。身体も震えて目も泳いでたから、多分雷が苦手なのを隠そうとしてたんだと思う」
「それで痩せ我慢がどーたらこーたらって言ってたのか」
「まぁ、雷が苦手っていうのは女の子ならよくある話しでしょうけど…」
「ちげーんだ。問題は、飛影だよ。あの日、凪沙が家に入るまでぐーすか寝てただろう?勿論邪眼も閉じてたはずだ。…なのに、アイツ、凪沙が雷苦手な事知ってた上、“同じだったからだ”って言ったんだ」
「“同じだった”って…一体どういうことだよ」
「俺が思うに、その知り合いってやつの事言ってるんじゃねーかって…」

確かに、幽助の言う通りだった。あの日確かに飛影は幽助の家で完全に寝ていた。凪沙が来てから目を覚ましたのだから、玄関先での幽助とのやり取りは邪眼を開けていなけば知らないはず。なのに、何故彼はそこまで知っていたのだろう。そして一番気になるのは、その知り合いとやらは一体何者なのか。

「なぁ、蔵馬はどー思う?」

幽助からの質問に、蔵馬は飛影とやり取りした時の事を回顧した。
あの時己が感じた、飛影の凪沙への思い。「知り合いに似てるから気になる」以上の、何か別のものを直感で感じたが、やはり確信へと変わりそうだ。
先ほど浮上した、まさかの妖怪と凪沙が似ている疑惑。もしそうだとすれば、飛影が魔界にいた頃、女の妖怪と接点があったのだろうか。…ますます想像出来ない。彼は強さを求め、闘いの中だけで生きてきた者だからか、尚更頭を悩ませた。

「…悪いけど、俺も飛影との付き合いはそんなに長くないんだ。ただ、ひとつ考えられるのは彼が魔界にいた頃に関わっていた妖怪と凪沙ちゃんが似ている、って事かな…。本当かどうかは分からないけどね」
「おいおい、人間と妖怪ってそんな似るものなのか?この世に自分とソックリな奴は三人いるってのは聞いたことあるけどよ」
「ドッペルゲンガー、みたいなやつか?」
「妖怪も色々な種族がいるからね。人間のような姿をしている奴なんてごまんといるさ」
「んだよ、結局迷宮入りか…」

ある程度予想はしていたが、やはり解決はしなかった。幽助の中で煮え切らぬ思いがまたひとつ増え、腑に落ちない。ぶすっと頬を膨らませる様が彼の心情を物語っていた。
ここまできたら、多分これ以上話していても埒が明かない。桑原は提案した。

「ったくしゃーねーな!この桑原和真様が浦飯の失恋記念と称してカラオケに付き合ってやらあ!」
「てめっ!!一言多いんだよ馬鹿野郎!!傷口に塩塗るんじゃねえ!!」
「んだよ、本当の事じゃねーか!いつまでもウジウジしやがって、だらしねぇんだよ!俺より高い点数取ったら全部奢ってやるぜ!?」
「言ったなあ!?よぉし、だったら話は別だ、おめーなんかぶっ潰してやんぜ!!」
「どあほうが!!やってみやがれってんだ!!」
「上等だこの野郎!!勿論蔵馬も行くよな!!?」
「いや、俺は遠慮しとくよ」
「…え、」

桑原、幽助を尻目に蔵馬は伝票を片手にスッと席を立った。

「幽助が元気になって良かった。これは俺からの慰めプレゼント。二人で楽しんでくるといい」

ニコリ、と微笑みそのままレジへ向かい店を出た蔵馬を、二人は茫然と見つめていた。…あれが、モテる男の良き例なのであろうか。同性だが、蔵馬らしいスマートな様に目を離せなかった。

「…俺、一生蔵馬には勝てねぇ気がする」
「同感だぜ、浦飯」



店を後にした蔵馬は帰路に着いた。
勿論、脳裏を支配するのは飛影と凪沙の事。凪沙は恐らく今までに何も知らず人間として生活してきた。霊力も彼女の母の死をキッカケに目覚め、幻海から過去を聞かされれば何も疑いはしないだろう。
問題は飛影だ。彼女と初めて会った時から、疑問ではあった。何故、あそこまで彼女に執着し手気にかけるのか。そして彼女の元に何度も足を運び、言わば恋仲という関係にまで発展させたのか。気になる存在から惚れた女に変わったのも勿論事実なのだろうが、やはり彼の言った「知り合い」という存在がどうも引っかかる。
そして幽助が話していた雷が苦手な事も、何故知っていたのだろうか。飛影は一体、何を目的に凪沙の元に…。

そうこう考えているうちに家に着いた。玄関を開けると、母…志保利が「秀一、ちょうど良かった!」と駆けてきた。

「ただいま、母さん。どうしたの?」
「今あなたに電話が来ててね」
「…電話?誰から?」
「凪沙ちゃんって子よ」
「…え?」

まさか、こんなタイミングで連絡が来るとは。蔵馬は急いで靴を脱ぎ、電話の元へ行こうとしたが。

「ねぇ、もしかしてガールフレンド?」

ぼそっと耳打ちした母の言葉に、らしくもなくすっ転びそうになった。

「…母さん、俺をからかってるの?」
「あら、ごめんなさいね。どうぞごゆっくり話しててね」
「もう。そんなんじゃないって…!」

変に意識しちゃうじゃないか。
共に戦ってきた戦友――いや、飛影は幽助や桑原よりも付き合いが長く、同じ妖怪として特別な言葉は交わさぬもののどこか分かち合えた仲間だと思っている。そんな相手の言わば恋人だ。気を確かにせねば。
蔵馬は母がリビングへ戻るのを見守ると通話ボタンを押した。

「もしもし?凪沙ちゃ…」
「蔵馬ぁあああ!!助けてえええ!!!」
「――っわ!」

キーン!と鼓膜が破れそうな声が聴覚を襲った。



次へ進む


戻る












×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -