17 惹かれ合う思い

夕日が遠くの山に隠れようとしている。茜空が日の入りを知らせ、烏たちが鳴きながら飛んできた。まもなく、約束の時間になろうとしている。幻海は縁側で茶を啜りながら凪沙の帰りを待っていた。
…やはり、少しやりすぎたか。と少々後悔するが、あの程度でへばるようじゃ今後霊気を使っての生活は困難と見なし、これで良かったのだと自身を言い聞かせた。
凪沙の持つ霊気は、不思議と妖怪や亡霊を惹きつける何か特別な香のようなものを感じる時が偶にある。生まれ持って高い霊気を宿していた身体なので、幽助や桑原とはまた違った力が働く時があるのだろうか。…いずれにせよ、今後は彼女の力や命を狙ってくる輩も出てくるだろう。窮地に陥った際、彼女自身が自分の身を守れるようにせねばならない。…そんな未来が来ないことが、一番良いのだが。

湯呑にあった茶は残り僅かとなった。まもなく日が落ちる。幻海はそろそろ助けに行った方が良いと判断し、重い腰を上げた。その時だった。
草陰から葉を擦らせる音が聞こえた。そして気配を探ると、幻海は安堵と驚愕が混同した。
出てきたのはボロボロになった凪沙を横抱きにする飛影だった。幻海は慌てて近寄った。

「凪沙っ!!」
「心配するな。寝ているだけだ」
「そうか…良かった。飛影、あんたまさか、」
「俺は何もしていない」

飛影の腕の中で眠っている凪沙の表情は満足気だった。聞けば、幻海の言付け通り凪沙は這ってでも帰ろうとし、この草陰の一歩手前で力尽きて眠ってしまったそうだ。山を下る際、寺の境内が見えた時から最後の力を振り絞ってどうにかここまで来たらしい。
だが、ここでひとつ疑問に思うことが。

「…飛影、なんであんたがこんなところにいるんだい」
「…ただの暇潰しだ」
「…ほう、」
「…何か言いたそうだな」
「いーや、何も?」

この山を下りる際には、忠告した通り熊や低級妖怪も襲ってくるリスクはあったはず。だが、名前#の身体を見れば土地埃や軽い擦り傷等は目立ったが、戦った跡は見られなかった。…もしかしたら。

「(飛影が、凪沙を守ってたのかね…)」

以前、蔵馬と凪沙の件で電話をした時、チラっと聞いた。飛影が、亡霊に襲われそうになった凪沙を自ら助け出した事や、凪沙と初めて会った時彼らしからぬ反応をした事。飛影にとって、凪沙がどういった存在なのか幻海は不思議ではあったが、案外そう難しく考える必要はなさそうだった。随分と人間臭いところもあるもんだ、と自然と顔が綻ぶ。
ひとまず、幻海は凪沙を休ませようと飛影を寺の中へ促した。


随分と永い眠りについていた気がする。凪沙はゆっくり瞼を上げると、じきに視界がはっきりしてきた。最近ようやく見慣れてきた天井と、室内灯。紛れもなく、幻海邸内にある自室だった。
…あれ、さっきまで山の中を歩いてて、下ってる最中ようやく寺の境内が見えて。…そこからどうやってここまで帰ってきたんだっけ…?
ぼんやりとした頭で思考を巡らせるが、気配を感じ身体を起こした。そこには、部屋と廊下を仕切る障子戸に寄りかかり、刀の手入れをしている飛影がいた。

「あれ、飛影…!?」
「…起きたか」
「なんで、…あれ?なんで私家に…」
「また頭がイカレやがったのか」
「…なんか、さっきもそんな会話をした気が…」

とぼけた反応をする凪沙に飛影は本日何度目か分からぬ溜息をつくと、何故彼女がここにいるのかその経緯を説明した。因みに身体に負った怪我は、寝ている間に幻海が治してくれたらしい。

「…そうだったんだ。私、また飛影に助けてもらったんだね」
「今回のは貴様が自力でこなした事だろう。俺は関係ない」
「そんなことない!!」

凪沙は起き上がり、飛影の隣に腰を下した。突然の凪沙の行動にぎょっとするが、飛影は黙って彼女の言葉を待った。

「飛影が来てくれたから頑張れたんだよ。それに、後ろでずっと見守ってくれてたのも嬉しかった。…なんか、守ってもらえているみたいで」
「…めでたい奴だな。うぬぼれやがって」
「でも、お寺につくまでずっと一緒にいてくれたでしょう?今だって…」
「…フン」

否定はしなかった。いや、出来なかったのだ。適当な言い訳でもすれば良かったものの、凪沙の優しくも温かい笑顔を向けられた飛影は、元々口下手な所が相まって苦し紛れに出たのは素っ気ない返事のみ。だが、それでも凪沙は嬉しかった。

「飛影、ありがとう」

にこっと笑いかける凪沙の笑顔に目が奪われる。穢れを知らぬ無垢で愛らしさを感じる―――その様は、度々脳裏をチラつかせるアイツと被る。こういう時、飛影は自分の感情を上手くコントロール出来る術があればいいのに、と心底思った。

もし彼女が生きていたならば。この笑顔を向けてくれたのならば。俺は…。

「…?飛影?」

凪沙の声に、ハッとした。無意識のうちに、自身の右手が彼女の左頬に触れるか触れまいかの瀬戸際で止まっていたのだ。それに抵抗もせず、ただ受け入れてくれる彼女に形容し難い心の渦が浄化されていくような気持になった。…似ている。氷泪石を見つめていた時の、あの感じに。だが、右手に感じる温かさがそれを難なく上回った。
凪沙が自身の両手を重ね、飛影の右手を包むようにしたのだ。

「飛影の手って、あったかいね」
「…っ!」

かぁ、と顔に熱が上ったことを、嫌でも自覚した。右手から伝わる凪沙の温かい体温。黒龍を宿し、多くの命を殺め汚れたこの手を包み込むそれは、飛影の心にひとつの灯りを宿した。この手を離したくない。いや、離すものか。…あの時のようには、決してさせまい。
今度こそ、俺が守る。

「…まだ疲れが残っているだろう。さっさと寝るんだな」

するりと凪沙の手を抜けた飛影の右手は、彼女の頭にぽん、と軽く乗せた。そして手入れしていた刀を鞘にしまい、軽やかに跳んだその姿は茂みの中に消えていった。
取り残された凪沙は飛影が手を乗せてくれた頭に、自然と手が伸びる。ピンチの時にはいつも助けてくれて、目が覚めるまで横にいてくれて、最後は頭をぽん、としてくれて。

「(…飛影の、ばか)」

彼とはまた時間差で、顔の熱を自覚した凪沙。これが恋心だと気付くのはもう少し先の話しであった。



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