15 宣戦布告となるか

凪沙は幻海から受け取った封筒の筆跡を確認した。見慣れた文字で「凪沙へ」と記されいているそれは、間違いなく母の字だった。一度胸に抱きとめ、母への思いを綴った。

「(…お母さん、ありがとう。後でゆっくり読むね)」

受け取った手紙を静かに一旦下に置き、再び幻海を見据えた。
…まだ話は終わっていない。そんな視線が返ってきた。

「…母の事を教えてくださりありがとうございます」
「腑に落ちたかね」
「…はい。お守りの意味もちゃんと分かって良かったです。母は私の事を想ってくれていたのですね」
「波子が最後に顔を見せてくれた時も、あんたの話ししかしてなかったよ。…母親はみんなそんなものさ。我が子の事が一番だからね。…さて、波子の話しはこれくらいにして。大事なのはここから先だよ」

ピリ、と空気が凍った。真剣な眼差しに一同は背筋が伸びた。

「いいかい、凪沙。さっきも話した通り、今までお前が霊気を持っていても生活に支障が出なかったのは、波子の力のおかげだ。彼女が亡くなった直後、すぐその力が消えなかったのは、おそらくこの世にお前を置いてきてしまった未練の念が働かせていたのだと思う。だが、この間蔵馬から聞いた話だと、母の力はもう既に無くなったに等しい。と、なれば今度はあんた自身が霊気を扱って上手に付き合っていかねばならん。…そこでな」

幻海が、幽助達を一瞥した。

「凪沙に、幽助達を紹介したいと思っていたんだ。…まぁ、元々同じ学校で顔見知りだったから、思ってたよりも手間が省けてこちらとしては好都合じゃったんだがな…」
「ばあさん、なんで俺たちを凪沙に…?」
「波子が最後に会いに来てくれた時、あんた達と同じように彼女は凪沙の霊力を危惧していた。だが、幽助や桑原のように霊気を上手く使いこなせれば、決して要らぬ力ではないということを伝えたかったんじゃ。負い目を感じる必要はない。他の人間と違う力を持ってこの世に生を受けたのは、きっと何か意味があるはず。…あたしはそう信じているよ」

幻海の言葉は、凪沙の背を押してくれた。今まで対峙してこなかった未知なる力――霊気と、今後共に過ごさねばならぬ…これは逆らえぬ運命だった。だが、幻海の言う通り、きっと何か意味があるはずだ。そう、信じたかった。

一通り話を済ませた幻海は、次いで話を切り出す。

「…と、いうわけで、自分の霊気を自覚すら出来てないあんたを、今日からあたしが面倒見るってわけだ。凪沙、これがどういう意味か分かるかい?」
「え?」

ここで住まわせてもらう。お世話になる。…これ以外にどんな理由があるというのだ。
質問の意図がいまいち掴めず、凪沙は幽助達の方へ見やると、

「(…え?)」

幽助、桑原は顔を青ざめ、冷や汗が絶えず流れている。尚且つ気の重さが表れ、項垂れているではないか。その様子を、蔵馬は苦笑しながら見守り、飛影に至ってはもはや関係ないと言うように腕を組んで目を閉じている。
唯一の助け舟、螢子に視線を送れば、さり気なく目を逸らされてしまった。…一体どういうことだ。
わけがわからず、恐る恐る幻海へと視線を戻すと、そこには先ほどまでの穏やかな表情と相反する黒みがかかった笑顔が。…率直に言うと、嫌な予感がした。

「明日から、霊気をコントロールするための修行を始めるよ!転校先の学校へ通えるのはそれが十分出来てからじゃ!」
「…は?」
「…立花、悪いことは言わねぇ…。…頑張れよ」

ぽん、と肩に手を置いてきた桑原。憐れむその目に、色々と突っ込みたいところだったが。

「あぁ、同感だぜ桑原。…こればっかりは何のフォローも出来ねぇや…」

桑原とは逆の肩に、またしても手を置かれる凪沙。無論、幽助もまた、桑原と同じ心情を露わにしていた。修行、と聞くと僧侶が山奥で滝に打たれて精神や肉体を鍛え上げるのをイメージするのだが、どうやらそんな生ぬるいものではなさそうだ。

「楽しみにしてな…」

ニヒルな笑顔を見せた幻海に、悟った。…これ、多分やっても逃げても、終わったってやつだ。凪沙は半ば諦めた表情になると、力なく「頑張りまーす・・・」と絞り出したような声で、一言返事をした。


その晩、一行は幻海邸で一泊する事となった。
皿屋敷市から離れてしまい、以前のように気軽に会える距離ではなくなった凪沙。物理的な問題から、今日が最後の晩餐だ!なんて桑原が名残惜しいように自棄酒ならぬ自棄ジュースで盛り上がっている。他の者も、同じだった。

螢子は親しみある友人が離れることを未だ認められず寂しいと涙し、蔵馬もせっかく仲良くなれたのに残念だと零す。幽助はというと、また学校がつまらぬ場所になってしまう事…いや、凪沙に毎日会える場所がなくなってしまったことに、今更ながらなんとかできないものかと考えを巡らすが、幻海の元に置いておくのが最善だと認めざるを得ず、遠巻きに凪沙を一瞥した。
寂しがる螢子を必死に慰め、「私だって寂しいよ。電話もするし、手紙も書くね」と励ます凪沙。…浦飯くん、と距離を置かれていたあの頃がなんだか懐かしかった。雷を怖がって痩せ我慢する姿や、幽助と初めて呼んでくれたあの笑顔。学校で声を掛けて他愛無い話しで喜んでくれたこと…。そんな日常に終止符が打たれ、とてつもない寂しさが幽助を襲った。
更に、先日飛影に横抱きにされた凪沙を見たあの瞬間に、嫉妬の念が生まれ自分の思いに気付いてしまった。
…俺は、凪沙が好きなのだと。

「…幽助!幽助っ!」
「ん?…おぉ、なんだ?」
「何ぼうっとしてるの?」

気付けば、視界いっぱいに凪沙の顔が。しばらくの間、会話にも参加せずぼうっとしていた幽助を疑問に思い凪沙が声を掛けたのだ。
今の今まで、自分の思い人を考えていただけあり、当の本人が目の前に来てはさすがにドキッとしてしまった。…あぁ、こうして彼女と何気ない会話が出来るのも、今日で最後になってしまうのか。一生の別れじゃあるまいし、と周りには笑われそうだが、幽助の中ではそれ相応の事態だった。…無意識に、幽助の右手が伸び、凪沙の左腕を軽く掴んだ。

その一方、突然の幽助の行動に凪沙は疑問を抱く。そして自身の腕を掴む幽助の腕を見やると、引き締まった逞しい筋肉と小さな傷跡が目に入った。それは自分とは違う、太く筋肉質なそれは男の腕だった。以前、手の甲を冷やしてくれた時にはこんなところに全く意識が向かなかったのに…どうして。
次いで感じる圧。凪沙はそれに応じるようにそっと顔を上げた。目の前には、凛とする表情で、今までに見たことのなかった幽助の顔がそこにはあった。大きな黒い瞳を見つめるその熱い視線から、逃れられない。

…なんだ、これは。こんなの、私の知ってる幽助じゃない。不覚にも、心臓の音が大きく脈打つ音が聞こえた。

「ゆ、幽助…」
「凪沙…。俺…凪沙の事…」

「ダウトォオオオオオオ!!!!!」

桑原の発した声に、二人はハッとした。と、同時に幽助が凪沙の腕を離す。慌てて視線を声の元へ向けると、トランプを広げて大盛り上がりする桑原、螢子、蔵馬の姿が。三人は、こちらに気付いていない様子だった。
幽助は、ある意味桑原に救われた。今になってみて、自分が何をしようとしたのか、ようやく自覚したのだ。頬に朱が入り、嫌な汗が出る。そして恐る恐る凪沙の表情を確認すると。

「…わ、私たちもトランプに入れてもらおうか」

パッと視線を逸らされ、微かに見えた頬には若干赤みが出ていた。
…気付かれた、だろうか。

「…おう」

それならそれで。寧ろそっちの方が、彼女の心に居場所を作ってもらえるだろうか。
幽助は、ゲームに参加すれば少しは気が紛れるだろうと、凪沙の後に続き輪に入ろうと腰を上げた。その時だった。
部屋の隅から送られる、鋭い視線に気付かぬわけがなかった。飛影の紅い眼光が己を捉えていた。次いで感じるのは、以前彼に送った自身の邪念と似たようなものだった。…嫉妬だ。

「(…やっぱり。おめーも、そういうことかよ)」

凪沙を助けた時から疑ってはいたが、やはり確信した。
宣戦布告のつもりなのだろうか、幽助はぎろりと一睨みして飛影の念に応えた。
負けるつもりはない、と。



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