103 綺羅めく常夜の夢

 不規則に波打つ電子図であるが、ここ数時間は変化がなく平坦だ。何時間も同じような図を見せられていては流石に退屈であり、その上他に見張り役がいない事も兼ね、光明はひとつ欠伸をしたところだった。
 相変わらず眠っている飛影と凪沙だが、以前より表情は穏やかである。意識の中での戦いは無事終わったのだろうか。それとも否か。どちらにせよ、二人が目覚めてくれない事には何の施しようがないのでひたすら見守るしかないのだが。
 「どうせ何の代わり映えもしないだろう」光明はそんな事を思いながら目の端に溜まった涙を拭い、いつものように飛影から視線を落とした。しかしその瞬間、突然電子機器から甲高い機械音が発されたのだ。突飛な事に思わず肩を震わすと、次第に飛影の眉間が動き、やがて瞼が開いた。
 光明は己の目を疑った。飛影が自ら上半身を起こしぼんやりとした目で辺りを見回した頃、ようやく現実なのだと確信した。
 飛影の眠気眼は光明を捉えた。そして目を剥く光明と視線が絡むと、みるみるうちに紅き眼光が鋭くなり、眠気など一瞬で消え去ったではないか。

「…貴様、誰だ?」

 ぽつりと呟いた飛影。それに反射し光明は急に立ち上がった。

「むっ、むっ、躯様ァ〜!!」

 光明は叫び声と共に医務室から飛び出した。遠くで「飛影が!飛影が起きました!」と耳鳴りがしそうなほどの声が響いていたが、当の本人は呆然としている。
 放心状態の飛影だったが、ふと数か月前の記憶が過った。…そういえば魔界に招待された際、上半身が包帯撒きの男と接した。あの時の男と妖気が似ている気がするのだが、もしかしたらその時の男だったのだろうか。躯の側近であれば報告しに行くのも合点する。…とはいえ、あんなに騒ぐ必要はあるのだろうか。
 
(…馬鹿馬鹿しい)

 飛影は毒づく中、改め身辺や部室内を見回した。腕や頭に付けられている得体の知れない管は隣の電子機器に繋がっており、周りには幾多のベッドがある。…どうやらここは病室らしい。飛影は繋がれている管を外すその一方で、一つの疑問が浮上した。
  …どうして俺は生きているのだろう。時雨との戦いは確実に命を落としたものだと思っていた。切断された左腕は知らぬ間に完治している上、他の傷も見当たらない。寧ろ妖力でさえも完治している。
 飛影が不思議そうに包帯が巻かれた右手の掌を見つめていると、今度は視界の端に隣のベッドが映った。電子機器の向こう側に人の気配を察知したのだが、その妖気が信じられず飛影の瞳は震えた。まさか、とベッドから降りて隣を覗くと目を見張った。

「凪沙…!?」

 やはり気のせいではなかった。そこにいたのは他でもない凪沙で間違いなかった。それも飛影と同じように頭や腕に幾多の管が繋がれており、更には顔色も悪い。血色の無い唇の色が、彼女の衰弱を表しているようでもあった。
 何故。どうして。飛影は混乱したが身体は正直であり、無意識に右手が伸びて凪沙の頬に触れようとした。しかしその瞬間、脳裏を過ったのは数々の鮮明な映像だった。記憶に新しいそれは自分の過去だけではなく、凪沙や潮は勿論、綿津海と名乗る男、そして牛鬼蜘蛛の姿が次々に蘇ってくるではないか。それらが混沌とし交錯されると、伸ばされた手は頬に触れる前にピタリと止まった。
 …俺は本当に、ただ眠っていただけなのだろうか。
 でも、確かに心身全てに刻まれているような気がしてならなかった。―――だとしたら。記憶の通り凪沙は本当に牛鬼蜘蛛と戦い勝利を掴んだのだろうか。そして潮の魂は。綿津海の弁は。
 飛影の瞳が再び震え、額から一筋の汗が頬を伝ったその刹那、病室のドアが激しく開かれた。現れたのは光明、躯、奇淋だ。

「これは驚きましたな…」

 奇淋がまじまじと飛影を見やった。「だから言ったじゃないですか!」光明が必死に訴えているが、その一方で躯は二人を制し飛影と対峙した。以前の躯の出で立ちは、頭から首にかけて呪符の貼られた包帯に巻かれていた。しかし今はそれを外しており素顔を露わにしている。半顔は生身で鼻筋の通る女性らしい整った顔立ちであるが、その一方は機械の無機質さが露呈している。肉眼、そしてギョロリとした大目玉が飛影を捉えると、気品のある口角が上がった。

「よぉ。目覚めの気分はどうだ?」

 それは以前飛影が闘技場で起こされた時と同じ言葉であった。だがあの時よりも少々声が上ずっているように感じる。躯の感情が初めて露わになったと捉えた飛影だが、状況が状況なだけに相変わらず怪訝な表情だ。

「…どうしたもこうしたもない。聞きたいことは山ほどあるぜ」

 飛影が凪沙を一瞥し、躯もそれに倣う。その瞬間、電子機器が再び甲高い機械音を発した。それも飛影が目覚めた時とは異なり、耳鳴りがするほどの甲高さだ。まるで緊急性を要する音に、病室の空気が瞬く間に張り詰めた。

「凪沙さん、しっかり!」

 光明が身を乗り出し凪沙に声を掛けた。凪沙の顔色は先ほどに比べると更に青白くなり、呼吸も荒い。奇淋が電子図を見やると、波が降下を始めていた。

「…やはりここまでか」

 フン、と鼻を鳴らした奇淋。諦念を匂わすその一言は飛影とて理解した。嫌でも伝わってくる、凪沙の妖力の低下が何よりの証拠だ。また、光明も奇淋を一瞥した。彼の弁の通りになるのがどこか悔しく、そして納得出来なかった。

「貴様、もう一度言ってみろ!」

 飛影が奇淋に掴み掛かろうとしたが、躯が静かにそれを制した。

「死ぬのはまだ早いぜ。凪沙」

 躯が硬い口調で切り出した。凪沙の胸元に両手を翳し、掌に妖気を集めると光が徐々に集まり、それはしだいに大きく膨らんでゆく。そして両手を少々押し出すと、集まった妖気は凪沙の胸元に吸い込まれていった。凪沙に与えられたその光は憎悪ではない。朴訥である躯の、凪沙を厭う思いが周りにも十分伝わった。
 飛影は勿論、光明や奇淋もその様子を凝視している。光が弱まった頃、ようやく凪沙に血色が戻った。

「これでもう心配はない。光明、凪沙を客室へ運んでやれ。…行くぞ、奇淋」

 躯は飛影を一瞥すると踵を返し、病室を後にした。

「何故そこまでしてあの少女を?」

 躯の後に続く奇淋が尋ねた。躯の言動は、短絡的に言うと彼女らしくない。飛影さえ生き長らえるのであれば半妖怪の少女など安易に見捨てると思っていたのだが。そんな疑念を汲みとったのか、躯は立ち止まると振り返った。近年稀に見ない表情の穏やかさに奇淋は息を呑んだ。

「奇淋よ。お前は一つ誤解をしている」
「誤解…ですか?」
「あぁ。それも大きな誤解だ。その誤解が人魚族の歴史を作っているんだぜ。…女はな、お前らが思っている以上に強い生き物だ。舐めてると後で痛い目見るぜ?」

 お前もそう思うよな?…濱蒔。
 その一言を胸に秘め、躯は再び踵を返し歩み出した。躯の口ぶりは誇張を感じられない。しかし奇淋は解せず首を傾げていたが、躯はこれ以上何も言わなかった。




「こちらが客室になります。先ほども凪沙さんはこちらのベッドで横になっておられました」

 光明が掌で示したのは客室に置かれたベッドだ。それは一人で使うにはあまりにも贅沢であり、まるでどこぞの王族を連想するデザインである。飛影は躯のセンスを怪訝しつつも、己の腕の中で眠る凪沙を静かにベッドに下ろした。

「私はこれにて失礼します。何かあればお呼びください」

 光明は一礼すると、颯爽と客室を後にした。
 静寂な部屋の中には凪沙の呼吸音しか聞こえない。飛影はスヤスヤと眠る凪沙の顔を見つめながら黙考していた。
 先ほど躯と奇淋が病室を去った後、光明から事の顛末を聞いた。無論、耳を疑いたくなるような内容ばかりであったが、結果凪沙が魔界にいる理由が判然とし、ようやく合点したというわけだ。また、光明には「眠っている間、何がそんなに苦しかったのか」と問われたが、当然答える筋合いはないので睨みを効かせた。そんな件を経て、光明は足早に客室を後にしたのだった。
 飛影は改め、再び右手を伸ばし凪沙の頬に触れた。ようやく触れることの出来たそれは人肌の温かみがあり、確かに息をしている。
「凪沙さんはあなたのことを本気で心配していましたよ」
 飛影の脳裏に光明の弁が過ぎった。己の身を案じたその一心で、危険を顧みず魔界へ足を運んだ凪沙。意志の強さや行動力は認知していたが、どうやら彼女の覚悟はこちらの予想を上回るものだった。意識の中で繰り広げられていた闘い、そして彼女の叫びや思い―――それら全ては自分を厭い慈しむ深い愛情から生まれたものだ。それを確信すると胸の内側に熱が生まれてくる。

「…凪沙」

 飛影の声が静寂の中に溶けた。改めて凪沙を呼ぶのは、まるで心の翳りが徐々に薄まり仄かな光が差し始めるような感覚だった。そして導かれるようにゆっくりと顔を近づけ、口付けを交わした。口元から伝わる体温や唇の柔らかい感触に胸の奥が更に熱くなる。
 どうか目を覚ましてほしい。もう一度この目で視線を交わし、そして抱きしめたい。その一心だった。
 飛影が唇を離し一拍ほど置くと、凪沙の眉間が微かに動き、ゆっくりと瞼が開いた。微睡む意識の中、凪沙が捉えたのは燃え滾る熱き炎の紅だ。視界が鮮明になり始めた頃、それは瞳だと気が付いた。その瞬間凪沙は眠気が消え、そして目を見張った。

「ひ…えい…?」

 凪沙の瞳に映ったのは会いたくてやまなかった人物で間違いなかった。
 飛影の口角がゆっくりと上がる。それが全てだ。
 凪沙の瞳に光が宿り表情が明るくなる。そして起き上がろうとした瞬間腕が引かれ、視界が遮られた。気が付いた時には身体が温もりで包まれており、聞こえてくる鼓動が心地良い。
 飛影に抱きしめられている事をようやく自覚すると目頭が熱くなった。行き場の無くした腕はゆっくりと飛影の背中に回された。

「本当に…本当に飛影なの…?」
「…俺が偽物だと思うのか?」

 凪沙が確認するように見上げた。眉を下げ、不安そうに見つめる凪沙の瞳は潤み、そして大粒の雫が頬を伝う。飛影はそれを親指で静かに拭った。温情溢れる優しい紅、相反する暗澹さの漂う蒼。それらが溶けるように混ざり合った視線は互いを引き寄せ、瞳が閉じると深い口付けが始まった。
 不安、葛藤、慈悲。虚脱した思いと無力感が痛いほど伝わる心の奥底を埋め尽くすように、飛影と凪沙は互いを求め合った。
 唾液が絡まる音、呼吸音、そして艶のある声。色香溢れるこの空間は抑えていた欲求を露わにするには十分だ。飛影は獰猛さが増し、貪るように口や舌を動かし凪沙の口内を犯すと、そのまま彼女に覆い被さるようにベッドに沈んだ。
 飛影は一旦口付けを止め、凪沙と改めて視線を絡めた。先ほどまで悄然としていた凪沙は既にそこにはなく、頬が紅潮し、麗しい瞳を見せて荒く呼吸を繰り返している。その姿は実に艶やかで女の顔をしており、飛影の胸の奥が再び熱くなった。

「ずっと…会いたかった…」

 凪沙の慈愛に満ちた温かみのある笑みと共に、飛影の両頬に手が添えられた。この数分の間で確かに彼女の存在を確認し、ようやく本当の意味で隣に立てると確信へと変わったのに。頬から伝わる彼女の体温がそれらを上回る幸福を与えてくれるこの現実に、まだ夢物語を見ているのではないかと錯覚しそうになる。だが、目の前で微笑み受容してくれる凪沙が全ての答えなのだ。

「あぁ。…全部、伝わった」

 飛影もまた凪沙と同調するように微笑み、再び抱擁すると力をより強めた。それに応えるように飛影の背中に回った凪沙の腕も指先で強く服を掴む。
 二人の間に余計な言葉はもう必要ない。互いを感じる鼓動、体温、呼吸音。二度と離しまいと、存在を確かめるように甘い時間が過ぎていった。



「私、決めたことがあるんだ」

 天井を見つめながら凪沙がぽつりと呟いた。脱ぎ散らかした服を早々と着始めた飛影は不思議そうに凪沙を見つめている。だが視線に気付いたにも関わらず凪沙は視線を変えない。天井というよりも虚空を見つめるその姿は、彼女なりの決意や覚悟を漂わせている気がした。
 飛影は服を整えると凪沙の隣に腰を下ろし、そこでようやく二人の視線が絡まった。

「一体何を決めたんだ?」
「…潮さんのこと」

 …なんとなく、予想はしていた。凪沙の事だから、恐らく潮の件は自分が納得いくまで追求するのだろうとは思っていた。確かに意識の中で見た潮の言動は飛影が当時関わっていたにも関わらず、彼女の真意に触れることはなかった。だからこそ彼女の心の内に触れられたのは非常に感慨深かったのだ。しかし綿津海という人物は勿論、霊界が関わっているとなれば話しは別だ。
 凪沙はここで初めて飛影へ視線を投げた。彼女の瞳は先ほどの涙や艶やかさはなく、勇ましさが溢れている。

「まだ飛影に話していなかったけど…。実は幽助の後釜として霊界探偵に任命されたの。…って言っても、まだ見習い期間なんだけどね」
「おい、なんだその話しは。俺は聞いてないぞ」

 こちらもやはり予想通りの反応だった。
 凪沙は手短に事の顛末を説明すると、飛影の顔はみるみるうちに訝しんでいった。
 飛影は凪沙の身を案じて、敢えて霊界に選択肢を与えたというのに。コエンマが顔を利かせて上手いことやると思っていたのだが、どうやら随分と飛躍した展開になっていたらしい。しかし今となっては幻海だけでなく舜潤との手合わせが功を奏し、凪沙の戦闘スキルが高まったので、全てが暗転したわけではない。後の祭りではあったが、結果こうして無事再会出来たのだからこれ以上は何も言及出来なかった。

「…そんなわけで、私もちょっとは霊界と携われるようになったんだ。そこを利用して潮さんや綿津海さんの事をちゃんと調べたいんだよね。…飛影だって気になるでしょう?潮さんは飛影を助けた後どうやって人間界に渡って綿津海さんと知り合ったのか」

 凪沙の有無をも言わさぬ表情に飛影は一瞬たじろいだ。確かに気になることは気になる。どういう経過を経て潮と綿津海との関係が出来、そして凪沙が人魚の血を引いて産まれたのか。しかしそれは建前で心境は複雑だ。もし調べれば、かつて好意を持った女が後の人生に自分以外の男どどう生きたかを知ることとなる。…とはいえ、潮は勿論、綿津海の存在があって凪沙の人魚としての力が解放され、助けられた事実は変わらない。…全てを知るのも運命なのだろうか。
 飛影はしばらく黙考していたが、一つ嘆息をつくとようやく凪沙と視線を絡めた。

「…納得するまでやるといい。だが俺は一切手助けはせんぞ。霊界が絡んでいると色々と厄介だからな」
「うん、そのつもりでいた。自分の力でやってみるよ。…分かってくれてありがとう」

 凪沙はゆっくり起き上がると飛影に寄りかかった。それに応えるように飛影は再び凪沙の背に腕を回す。

「あとね、もう一つ決めたことがあるんだ」
「今度はなんだ」
「…私、もっと強くなるね」

 予想外の発言に飛影は目を見張った。

「一体どういう風の吹き回しだ?」
「…ずっと、飛影と一緒にいたいから」

 凪沙と飛影の視線が再び絡まると、飛影はここでようやく確信した。先ほどの決意の魂胆はここにあったのか、と。それは飛影が願ってやまなかった望みと同じであるのだが、生憎こんな性分なものだから落ち着きを装うのに精一杯だった。

「私、飛影に心配かけないくらい強くなるからね。修行も頑張って、霊界探偵の任務もちゃんとこなすから。…だから、もういなくならないで」

 再び凪沙の表情に翳りが伴う。それは凪沙がこれまで抱えていた蟠りが全て露呈された一言であり、飛影はまるで核心に触れられたようであった。
 だが、もうこれ以上凪沙を不安にさせたくない。悲しませたくない。飛影もまた、気付けば己の中で熱く固い誓いを結んでいた。

「フン、愚問だな。…俺はもっと上にいくぜ。余計な心配してる暇があったらさっさと修行した方が身の為だと思うがな」

 飛影のどこか勝ち誇った表情が突飛だったのか、凪沙はぽかんとしている。だが、その言葉や態度こそ飛影らしさが表れており、どこか安心する。凪沙に笑みが戻ると飛影は罰が悪そうに頬を赤らませ、顔が見えないように再び凪沙を包み込むように強く抱きしめたのだった。


 それから数日後。飛影は躯の元に留まり、凪沙は再び人間界へと帰る運びとなった。
 
「良かったですね。無事に人間界に戻ってくることが出来て」

 山奥の茂みの中を進む中、光明がぽつりと零した。
 例によって例の如く、凪沙は光明と共に人間界へ戻ってきた。「丁重に預かれ」躯からの命令はまだ続いてるので、光明は厳重な警護の元凪沙を横抱きにて移動している。
 まもなく幻海の寺の境内が見えてきた頃、これまた例の如く結界を破り進んで行った。

(あ、)

 既視感あるこの景色は幻海邸に引っ越して間もない頃、飛影が山下りに付き合ってくれた場所でもある。そんな記憶が懐かしいと感じるほど、気が付けば時間が流れていたのだろう。

「光明さん、色々とありがとうございました」

 凪沙は感慨深げに切り出した。

「いえ、私は何も。…全ての結果はあなた方お二人の成果ですよ」
「…そう言ってもらえて良かったです。…ちょっとだけ自信ついたかも」
「ははっ。それは良かった。…飛影さんが目覚めてからは勿論ですが、躯様は大変喜んでおられました。きっと凪沙さんに会えて嬉しかったのでしょうね」
「えっ…。そうだったんですか?」
「えぇ。普段なかなか感情を表に出さないお方ですが、普段よりも柔らかい雰囲気でしたから」

 確かに、見送ってくれた躯は初対面の時よりも物腰が柔らかい表情をしていた。「いつでも戻ってこいよ」と居場所を作ってくれたのも彼女だ。あの言葉に背中を押されたのもまた事実である。

「…さ、そろそろ到着します。幻海さんとコエンマさんには大変ご無礼な事をしてしまったので、私も共に行きますね」
「ありがとうございます」
「これも命令ですから」

 そう話す光明もまた、どこか嬉しそうだった。この数日間凪沙と関わった事から、躯がこのような命令を出した真意にようやく辿り着いたような気がした。我が上司の奥深き心の底を揺らがし、潤いを与えたこの少女には不思議な魅力がある。
 光明が一際高い跳躍をすると、あっという間に寺の境内に着地した。先ほど難なく突破した結界は、幻海やコエンマが気付くには十分だ。縁側に通じる障子戸が勢いよく開かれると、二人の相好がみるみるうちに崩れていった。

「凪沙!!」

 裸足で飛び出してきたコエンマが勢いよく凪沙を抱きしめた。次いで後ろから駆け寄って来た幻海だが、光明と視線が絡むと足を止めた。
 光明もまた、以前は上半身を包帯で巻かれていた出立ちだった。しかし今はそれが全て剥がれ、夕日に照らされる煌びやかな美しい金髪と漆黒の大きな瞳が印象的である。意外にも男前だった容姿にあ然としたが、彼は口元を小さく動かした後、深々と頭を下げると瞬く間に姿を眩ませた。

「全く…。最後まで勝手な奴らだね」

 不器用な、しかしその中にある誠実さが、まるで誰かを連想されるような気がしてならなかった。
 飛影も、光明が仕える躯って奴も、もしかしたら案外似たもの同士なのかもしれない。

「大切なお嬢さんをありがとうございました。ご心配をおかけしました」

 読唇術で読み取った光明の一言に、幻海は嘆息を漏らしつつも自然と口角が上がった。



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