65 最期の闘い(前編)

 仙水と幽助は戦いの妨げがない場所を目掛けて移動していた。まるで閃光が走るかの如く、俊敏に木々や岩場を伝っていくと、いよいよ塔が近づいて来る。
 視界に、徐々に塔の先から下層が見え始めた頃、突然幽助の心臓が大きく脈立った。

「――!?なんだ…?」

 ほんの僅かな、違和感。だがそれは一瞬で消え、身体はまた元に戻った。何が起きたのか幽助自身分からなかったが、前を見やれば間もなく塔の麓へ着く頃だった。
 幽助と仙水がほぼ同着すると、再び激しい肉弾戦が始まり、塔の麓からは半円の光が激しく放たれた。

「おい、もうおっぱじめてやがるぞ!」

 一行は既に戦いが始まっている事に気付いた。遠巻きではあったが、塔の周辺を赤と黄色の光が激しくぶつかり合っており、じきに塔がぐらつき始め、ついにはゆっくり倒れていった。
 倒れゆく塔の上で仙水と幽助が再び指を絡ませ、尚も互いの力をぶつけ合っている。そのまま塔から地へ着地するが、両者は一歩も引かない。そして互いの力が働き続け、ついには二人の周りには竜巻が発生した。
 プー助、蔵馬もそこへ近づくが、暴風と強烈な力がそれを妨げる。

「これ以上近づくのは危険だ、巻き沿いを喰らえば一撃で全滅する!…これが、S級クラスの闘いなのか…!」

 コエンマが瞠目する中、互角の力を放っていた二人だったが、ついに仙水が隙をつき幽助の腹部に蹴りを入れた。声を上げ、幽助の身体は後方へ転がっていくが、砂埃が舞う中で彼は瞬時に姿を眩ました。
 辺り一面砂漠のような砂場が広がり、遠くの空には雷が轟き、稲妻が走っているのがよく見える。
 幽助の姿は見えないが、その膨大な妖力を隠すのは出来まい。仙水は「出てこい…後ろにいるんだろう?」と呟くと、彼の後方にて、幽助は砂の中からむくり身体を出した。

「へへっ…バレてた?なんか俺の妖気、暴れ馬に乗ってるみたいで、なかなかうまくコントロール出来ないんだ、これが。だが、だいぶ慣れて来たぜ!…気に喰わねーんだよな、その余裕面が。まだ何か企んでいやがるのか!?」
「なんでもないさ。ごくごく、つまらんことだ」
「教えろよ!」
「今はまだ言えんな…」
「ケチ!!本当は何もねぇんじゃねーのか?」
「はっはっは…!そうかもしれん…!」
「なら、とことんやろうぜ!!」
「いいだろう…!」

 再び、二人の身体から光が溢れ出た。…だが。

「―――ッ!?」

 どくん。どくん。どくん。

 幽助の心臓が再び大きく脈立った。
 それも、先ほどのように一瞬ではなく、尚も続いている。

「…?」

 仙水もまた、幽助の異変に気が付き目を凝らした。
 幽助の呼吸が少しずつ荒くなり、それと相まって心臓の脈立つ音が、より大きく鼓動する。そして一瞬、脳裏に過ったのは、とある男が雷の光に照らされる中、岩場の隅で座り込んでいる情景だった。身体を覆うほどの長髪が項垂れるように落ち顔は隠れている。次いで聞こえてきたのは男の低い声。まるで幽助の脳に直接語り掛けているような感覚だった。

“…あんな奴に手こずってもらっては困るな。力の使い方を教えてやる…!”

 ぎろりとした、鋭い眼光が幽助を捉える。その瞬間、彼の身体が眩い光を放ち、突如生み出された大きな力によって、先ほどよりも多数の竜巻が発生した。
 幽助が混乱する中、意識は遠くに行ってしまった。

「…っ!?」

 仙水、そして一行は息を呑んだ。
 身体を纏う赤き光、そして立ち上る砂埃の中から現れたのは、異様な変貌を遂げた幽助だった。

「…待たせたな」

 急激に伸びた長髪は白く染まり、そして身体中に浮き出たのは不思議な呪印。顔つきや雰囲気もまた、まるで別人のようだった。

「素晴らしい…!」

 仙水は感銘を受け、口角がみるみるうちに上がった。

「一体どうなってるの…!?」
「何がきっかけかは分からないが、魔族としての血が完全に覚醒したようだな…」
「仙水の野郎、笑いやがったぞ!そんなに自信があるってのか…?」
「いや、そうではないだろう。変わったのは幽助だけではない。今の仙水を見ていると、全てを超越したような雰囲気を感じる。悟り切っているような…」
「悟り切るだあ…!?」
「洞窟で戦っていた時は、憎悪とか優越感といった様々な感情が入り混じっていたが、今の仙水にはそれがない」
「確かに…。今の仙水には刺々しい闘争心が消えている」
「どういうこった…!?」

 一行がやりとりしてる最中、仙水は「お前は魔族だったのか…!」と笑い声を上げていた。

「…何を笑っている?」
「いや、俺はつくづく幸せな男だと思ってな」
「なんだと…!?」
「君みたいな妖怪を戦えて、本望だと思えたのさ」
「…ふん!その思いとやらを、後悔に変えてやるぜ!思い知るがいい!!」

 幽助がおぞましい笑みを見せた瞬間、何本もの稲妻が走り轟かせた。
 闘神ならではの殺伐とした雰囲気や悪辣とした顔つき、酷薄に塗れた笑み。凪沙は眼でそれを見た瞬間、身体が粟立った。仙水と初めて対峙した時も慄き、恐怖心に苦しんだが、もはや比ではなかったのだ。
 …あれは、私の知っている幽助ではない。

「…っ」

 飛影のマントを握る力が強まる。と言っても、肩から腕にかけ負傷しているので微々たる力ではあったが。
 必死に恐怖心に耐えようとするも、身体は正直で微かな震えまでは抑えられなかった。それに気付いた飛影は凪沙を一瞥すると、静かに彼女を胸の中に抱いた。

「…少し休め」

 耳元で囁く飛影。凪沙が静かに頷くと同時に、幽助の反撃が始まった。

「うらあああああっ!!」

 先ほどまでの互角な力比べは、まるで嘘のようだった。
 仙水に飛び掛かった幽助は彼の右頬に、振りかざした拳を振るった。呻き声、吐血と共に仙水は反動で後方へ飛ばされるが、先回りした幽助が次いで蹴りを入れる。そして幽助は浮遊した仙水の身体に跨り、背を押し付けるよう地に着地した。仙水の背面に全ての打撃が集中する中、幽助は彼の腹部に両足で何度も踏みつぶした。仙水の身体はその反動で上下に揺らぎ、口元からは鮮血が溢れた。
 痛々しい様であったが、まるでお構いなしに幽助の攻撃は続く。腹部へ拳を何発も入れたり、身体を投げ飛ばして蹴りを入れたり、浮遊した仙水を捉え頭突きを喰らわせたりと、先ほどとは比にならない圧倒的な力の差を見せた。圧巻だった。
 仙水と幽助の周りには砂埃が立ち煙り、ようやく一行は近付けたのだが、上空からでもその力の差は歴然としており、目が外せなかった。

「すげえ…桁違いだ…!」
「まさかこれほどのパワーを秘めていたとは…!」
「どうやら、あいつの先祖は戦いの神のようだな…。もはや人間である仙水に勝ち目はない…!」
「…おい、立花、大丈夫か?」

 凪沙は飛影の胸の中で震えていたが、桑原に声を掛けられるとゆっくりと振り返った。眉を下げ、目尻に涙を溜めている凪沙の顔色は白く、恐怖に塗れていた。

「人魚族は元々臆病だからな。俺たちよりも敏感に幽助の力を感じ取ったんだろう。…だが、これが魔界の全てだ。強き者だけが生き、弱き者は死ぬ。ただ、それだけだ」
「あぁ。凪沙ちゃんには少々辛いだろうが…」

 飛影と蔵馬がやりとりしていた、その時。砂埃の中から幽助と仙水の姿がようやく見えてきた。仙水の首根っこを幽助が掴み、浮遊させていたその様子は、洞窟内で凪沙に対した仕打ちと同じだった。
 即ち、幽助はケリをつけるつもりなのであろう。

「はっはっは…お前如きに負ける俺ではないのだ。…トドメだ!」

 幽助は仙水の身体を空高く葬る。そして右手を構え、狙いを定めると、人差し指に青白い光の塊が灯った。稲妻と共に光は徐々に膨らみ、いよいよ放とうと仙水を見据えた、その瞬間。
 幽助の中でまるで電流が走ったかの如く意識が瞬時に戻り、その刹那、白髪から黒髪へと一瞬変化した。

「(なっ…なんだ、どうしたんだ!?おい、何をやってんだ!?)」
“お前は黙ってみていろ”

 自分とは異なる、男の低い声が再び脳に話しかけてくる。幽助は「やめろ!!」と意識の中で声を上げたのだが。

「…死ね!!!」

 叫喚と共に放たれた霊丸は勢いよく仙水へと向かう。
 その最中、再び幽助の身体に意識が戻り、今度は完全に黒髪に戻った。

「仙水ッ!避けろォ―――!!」

 一行に疑問が過り、全員が目を見開いた。凪沙もまた、完全に幽助の声を捉えたので、飛影や桑原、コエンマに倣い視線は仙水の元へ向けられた。
 霊丸が間もなく到達する寸前。幽助を軽く一瞥した仙水は気鋼闘衣を解くと、静かに口角を上げた。…その刹那。
 仙水の背面に霊丸が直撃し、激しい衝突音と共に身体は急降下すると、反動と共に砂場から森の中へと勢いよく運ばれた。
 幽助がいる場所から数百メートルもの距離を、仙水は攻撃を受けたのだ。

「…ッ馬鹿野郎!!」

 幽助は仙水の元へ駆け出した。

「おい、アイツ何悔しがってんだぁ?ジャストミートしたじゃねえか!」
「…プー!あっちへ行ってくれ!」

 プー助もまた、幽助、そして仙水の跡を追った。森の木々が一直線に消され、且つ何百メートルもの距離の地面がえぐられている。いかに幽助の霊丸の威力が凄まじいものか、一目瞭然だった。これではいくらあの仙水といえども、ただでは済まないだろう。
 一行が到着する頃、幽助は既に居た。地面のえぐれの最終地点だった。



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