57 贖いを共に

「…コエンマか」

 凪沙の額に当てられていた銃口は自然と下り、コエンマとカズヤの視線が絡んだ。
 コエンマが洞窟の最奥に到着して、いの一番に視界に入ったのは、傷だらけの女…いや、下半身が魚体となっている、恐らく人魚と化した凪沙が首を絞められ浮遊している様、そして地べたに横たわる幽助だった。
 一目で瞬時に何が起きたのか解したコエンマの表情は眉をひそめ難色を示した。…もう少し早ければ凪沙に、そして幽助にここまで傷を負わせなかっただろうか。だが、不幸中の幸いは二人がまだ息の音があるということだ。
 凪沙が捕らわれている中、今の仙水を下手に刺激しては不味い。コエンマは慎重になった。

「…忍、これ以上罪を重ねるな…!」
「罪だぁ!?それは霊界裁判が決める罪だろうな…俺が裁判長なら、正義の判決を下すぜ…!?」
「…っ!やめろ!!」

 再び、ガチャリと凪沙の額に銃口が当てられ、霊気が集まり光が膨らんできた。…その刹那。
 カズヤはふと、足元から感じた殺気に気が付き、視線を落とした。そこには霊丸の構えをした幽助がこちらを狙っていたのだ。

「…きったねぇ手で、凪沙に触んな…!!」

 その言葉と共に、幽助の指先から霊丸が発された。カズヤの顔面に霊丸が届きそうなその僅かな間、カズヤは間一髪避け、そして本能の赴くまま強烈な蹴りを幽助に喰らわせた。

「ぐあぁあっ…!」

 カズヤの回し蹴りをもろに喰らった幽助の身体は転がり、そして身悶えた。
 避けられた霊丸は洞窟の壁に当たり、壁の一部が次々と崩れ、落とされる。地響きと爆発音が続き、爆発風で目が眩んだコエンマもまた身を守るよう腕を翳した。
 霊丸の余韻が治まるとカズヤは舌打ちをした。

「クソッ…これからがお楽しみだっていうのによォ…!」

 カズヤは凪沙の身体を無造作に葬り、少し離れた所に落とされた。投げられた凪沙の身体は仰向けに倒れた。

「凪沙…!大丈夫か…!」

 コエンマがすぐ駆け付け、凪沙の身体を支えた。呼吸が荒く、彼女の胸部が激しく上下に動いている。そして長い髪が上半身を流れるのだが、一糸纏わぬその様に、コエンマは別の意味でドキリとしてしまうが、今ここで男の性を出すのは全くのお門違いだ。
 目のやり場は勿論、腕や肩に残る深い傷跡も気になるため、コエンマは首に巻いた赤い襟巻を解いて上半身にくるませた。

「…こ、エンマ…さ…」
「喋るでない!ワシが来たから安心せい!」

 コエンマは、襟巻にくるまれた凪沙の身体を慎重に横抱きした。
 虚ろな目でコエンマを見つめる凪沙は、体力は勿論妖力もかなり低下している。息も上がり、時折表情を歪めるその様は身体に走る痛みと戦っている証拠だろう。
 力のない女妖怪の命の危険が垣間見られ、コエンマは胸が締め付けられそうになった。
 闘いの場から少々離れた所に移動すると、岩陰の辺りに凪沙をそっと下ろした。

「ここで休んでおれ。決して動いてはならんぞ、良いな?」
「で…も…!」
「…心配するでない。大丈夫じゃ、ワシがなんとかする。…人間界のために、幽助と共に戦ってくれたのだろう?」
「…!」
「ワシが力を貸してくれと頼んだからじゃな?こんな思いをさせてすまなかった…。だが、人魚族の血もまだまだ捨てたものではない。ここでくたばるなど、ワシが許さん。今は己の治癒のみに専念するんじゃぞ、良いな?」
「…はい」

 凪沙の返事を聞いたコエンマは、その切れ長の目を細め優しく微笑む。どこか安心するような笑顔は猛者ならではであり、そして霊界の重鎮である彼の一言一句は、やはり重みを感じる…そんな気がした。
 凪沙は苦しい表情をする最中であったが、コエンマの言葉によりようやく安堵の色を見せた。それを確認したコエンマは幽助とカズヤの元へ向かった。


「…良かった…コエンマが来てくれてよォ…!」

 ここでもまた、安心した桑原が思わず吐息と共にこぼした。
 安堵したのは、裏男の中でその様を見ていた四人も同じだった。
 一時はどうなることかと思ったが、まだ神様は彼等を見捨てたわけではなかったのだ。血が沸いた頭が瞬時に冷え、三人は武器をしまうと、飛影はより目を凝らして凪沙の様子を伺った。
 …良かった。凪沙の負った傷は酷いが、辛うじて命に問題はなさそうだった。凪沙の挽回する様は潮の最後を連想させ、嫌な胸騒ぎがしたが、なんとか大事には至らなかったようだ。加えて、コエンマが助けに入ったおかげで、恐らく傷の治癒にも専念出来るだろう。


 コエンマと凪沙がそのやり取りをしたその一方、カズヤはゆっくりと幽助へと近付いて行った。

「てめぇ…まだそんな力が残ってたのか。あぶねえところだったぜ…!」
「くっそ…隙を見て特大の一発を喰らわせてやろうと思ったのによぉ…!もうちょっとだったのに…!!」
「ひっひっひ…残念だったなぁ…?今度はテメーの番だぜ。次こそは息の根を止めてやる…」
「―――忍、やめろ!!」

 幽助の息が上がる中。ついに、コエンマはカズヤと対峙した。
 先ほどよりも強い睨みを効かすコエンマだが、カズヤはそれをまた滑稽だと嘲笑する。再び、あの気味の悪い高らかな笑い声が洞窟内に響いた。

「…忍、ワシは何があってもお前の野望だけは絶つ…!」

 コエンマの言葉に反応したカズヤは笑いを止め、ゆっくりと振り返った。そして訝しむ顔を見せ、コエンマを鋭い目つきで睨んだ。

「ワシが最後の手段に出る前にお前の企みを諦めるんだ」
「ふっふっふ…。コエンマ、威勢がいいのは良いがよ、敵が何者かも知らねえで倒せると思っているのかよ!?」
「なっ…どういう事だ!?」
「言っておくが、俺は忍じゃねえ。忍は今お休み中だ。俺は仙水忍の中に住む七人の多重人格の中の一人…カズヤだ!お前の指図なんか受けねえ!」
「なんだと!?」
「…と言っても、誤解するなよ?今回の計画は俺たち七人全員で決めた事だ。勿論忍も含めてな…?」
「…貴様が仙水の中に住む多重人格のカズヤなら、忍を出せ。忍と話がしたい」
「けっ…!…忍ゥ…どうする?忍…!」

 カズヤは視線を斜め上に向け、まるで思いを馳せるように問いかけた。…己の中にいる、仙水忍に対して。しばらくすると、カズヤはにやりと口角を上げた。

「…話したくねえってよ。オメェ、嫌われたな?へっへっへっへ…!」
「…だが、ワシのいう事は聞こえているはずだな?なら、今からでも遅くはない。こんな馬鹿な真似はやめるんだ!」
「手遅れだぜ。…よく見ろよ?」

 カズヤに促され、コエンマは境界トンネルをまじまじと見やった。そこには先ほど、凪沙の血肉を欲していた妖怪達が更なる声を上げ、今も尚汚らしい笑みを見せている。妖怪の数も先ほどよりも増えていることから、穴の広がりは着実に進んでいる事を表していた。

「既に穴は安定期を超えた。あとは開くのを待つだけなんだよ…!」
「…そうか」

 そこまで聞いたコエンマは、僅かではあったが目を伏せた。それは、まるで何かの覚悟を決めるためのような時間であった。
 そして切れ長の目が再び開けられると、眉間には皺が寄り、そして目つきも鋭さを伴う。次いで口元へゆっくりと手が伸ばされると、加えていたおしゃぶりを外し掌に収めた。
 外されたおしゃぶりからは淡い青緑の煌々とした光が放たれ、おしゃぶりを囲うように巡回してる。聖なる光であるそれに、仙水は面食らった。

「…この魔封環なら魔界の穴を新たな結界で塞ぐことが出来る。お前も一緒に身動きすらできなくしてな…!」
「…!?」
「数百年後、人間界に訪れる暗黒期を抑えるために、ワシの霊気を凝縮しておいた魔封環…。今ここで使わざるをえまい…。これでお前の計画は崩れる。ワシを殺してこれを奪わぬ限りな…!」
「…てめぇ、本気だな?」
「今すぐ相談するがよい。続けるかやめるか、二つに一つだ」
「…いいだろう」

 腕を組み、目を伏せたカズヤは思案を巡らせた。恐らく脳内で七人が話し合っているのだろう。コエンマは勿論、凪沙も、裏男にいる四人に緊張が走る。全員がカズヤ…いや、仙水の答えを今かと待った。
 且つ、コエンマは思った。…出来れば魔封環は使いたくない。昔の仙水に戻ってほしいと願った。だが、どうしてもこの戦いを続けるというならば、己もまた結界の一部となろう。身動きできぬ永遠の地獄を…共に味わおう。それがせめてもの償いだ。
 コエンマが魔封環を握りしめ、光が治まった頃。カズヤの目がゆっくりと開いた。

「…結論が出た。七人全員一致だ。…ゲーム続行だよ。おめぇを殺してな!!」



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