58 はじめまして

 構えられた銃口が狙うのは、コエンマの身体だった。
 不敵な笑みを続けるカズヤ…いや、忍の答えは予想はしていたが現実になってほしくなかった、というのがコエンマの本音であった。…ここまで、か。
 冷や汗が額から頬を伝い目を伏せたが、覚悟を決めた。…そして目が開けられると同時に、魔封環から光が放たれる。

「…魔封環!!」

 仙水に向かい、コエンマは魔封環を翳しながら駆けだした。…だが、その手は何かに弾かれ、魔封環は天高く飛ばされる。
 そして落ちてきたそれを掴んだのは、幽助だった。

「幽助…!!」
「浦飯ィ…!どういうつもりだ!?」

 突然の事で凪沙、そして裏男から見ていた桑原が声を上げた。

「幽助、何故邪魔をする!?」

 あまりにも予想に反した事態になり、コエンマは怒りを露わにした。だが、幽助の表情もまた、あたりはばからず怒りを全面に出している。まるで全身から沸々と熱が湧き上がるような、コエンマとは比にならぬ怒りであった。

「何ごちゃごちゃ俺のいないところで話し進めていやがんだ!?血ィ流してんのは誰だと思ってんだ、あぁ!!?…うわ、きったね、涎ついてやがる…!」

 魔封環をポケットにしまった幽助はカズヤを見据え、続けた。

「…まぁ、おかげで少しは休めたぜ」
「そうか…お前、霊光波動の後継者だったな。未熟だが大した回復力と精神力だぜ…!」
「さぁ…勝負再開といこうぜ…!」

 カズヤを挑発する幽助だが、すかさずコエンマは彼を止めた。

「馬鹿言うな!お前に敵う相手ではない!魔封環を返せ!!」
「うるせえって言ってんだろうがよぉ!!」
「己は自分のやっとることが分かっとんのかぁ!?」
「いいから…すっこんでやがれぇ!!」

 幽助の怒号と共に鈍い音が鳴った。幽助の拳がコエンマの頬に当たり、その反動でコエンマは凪沙が座っている岩陰まで飛ばされてしまった。

「コエンマさん、大丈夫…!?」
「ぐっ…うぅ…」

 痛みに悶えるコエンマを尻目に、幽助は改めてカズヤと対峙した。幽助のこめかみには青筋が幾つも浮かび、眉も上がって歯ぎしりもしている。

「もう、俺切れちゃいました…プッツンします!!仙水、テメーの中の誰かが穴なんかもうどうでもいいって言ってたよな?俺も同じ気分だぜ。テメーと白黒つけられればいい。後の事なんざ、もう知るか!!」
「…切れたというよりか、」
「どんどん浦飯らしさを取り戻していくようだな…」

 幽助の怒りが露わになると、蔵馬、桑原は怪訝な表情で呟いた。あれぞ、まさしく幽助の本来の姿である。だが沸いた脳みそで、四次元屋敷での二の舞にならなければ良いのだが…。

「おいてめー、カズヤとか言ったな?他の奴と変われ!さっきまで俺と戦ってた奴いるだろう、そいつをもういっぺん出せ!」
「何言ってやがる馬鹿が!さっさとかかってきやがれ!!」
「てめーじゃ役不足だっつってんだよォ、馬鹿野郎!!」

 幽助の言葉に眉が上がったカズヤは咄嗟に銃を構えた。だが、幽助は瞬時に姿を眩ませ、一瞬の隙にカズヤの目の前に来ると。

「おらあああああああ!!!!」

 カズヤの腹部に幽助の力強い拳が何発も入り、痛みや圧迫感に追いつかずカズヤは曇った声を上げる。そして内臓が破裂したのか、大量に吐血すると、懇親の一発である拳が再びカズヤの腹部を襲った。

「どうりゃああっ!!」
「ぐああぁっ…!」

 カズヤの腹部に激痛が走ったと同時に、身体は反動で飛ばされた。衝撃と共に身体が転がり、地べたに四つん這いになったカズヤは腹部の痛みで見悶えた。
 その一方で幽助もまた、完全な回復には届かない状態で拳を振るったものだから全身に激しい痛みが走った。

「痛っ…うぉおお!!なんの、痛くねぇええ…!!」
「…す、すごい…!!」

 幽助は歯を食いしばり痛みに耐えている。
 復活してからその一連の動き、カズヤへの対抗心を間近で見た凪沙は驚愕し、目を丸くさせていた。幽助が敵と対峙し、本気で戦う姿を見たのは初めてだったからだ。
 不良少年と詠われ、極力関わりたくないと思っていたあの幽助が、まさかこんなにも強さを見せ、そして男気溢れる様を持っていたなんて。
 凪沙はコエンマの身体を支えながらも、幽助とカズヤの闘いから目を逸らせなかった。

「これで分かったろ!?そしててめーに一番怒ってるのはよォ…凪沙に手を出した事だ!俺が動けねーのをいいことに散々な事しやがって…!ふざけんじゃねえぞこの野郎!!」

 事の一連を見聞きしていた幽助の怒りは頂点を迎えていた。凪沙の苦しむ声を一番近くで聞き、助けに行けず悶えていた自分自身が情けなく悔しかったのであろう。

「…フン、幽助らしいな」
「浦飯の奴、俺等の気持ちを全部代弁してくれたな…」
「そうだな…」

 恐らく、幽助も未だ凪沙への思いは完全には絶ち切れていないようだ。彼女への思いが仙水への怒りへと変換され、闘争心を奮い立たせているようにも見える。

「…!仙水さんが起きたぞ…!」

 御手洗の言葉に、三人は仙水を見やった。
 先ほどまで身悶えた動きはピタリと止まり、足元、膝、上半身、首…と順に、ゆっくり、ゆっくり身体が起こされる。そして俯いていた顔が上がり切ると、目元は穏やかであるが、カズヤとはまた違った不気味さを漂わせる男が幽助の前にいた。

「…てめぇ、誰だ?」
「忍ですよ。はじめまして」

 幽助の問いに、その男…忍は静かに口角を上げた。釈然とした表情、穏やかな瞳の中に見える慧眼がとても印象的だった。だが、どこか深い闇を感じるのは気のせいだろうか。

「はじめまして、だと…!?」

 仙水の言葉に驚愕する桑原がこぼす。無論、幽助も凪沙も、他の皆も同じ思いだった。
 幽助達の反応は想定内だったのか、忍と名乗るその男は続けた。

「…というより、人前に出る事すら何か月ぶりかな…?」

 薄ら笑みを浮かべながら、忍はゆっくりと幽助に近付いてゆく。そして幽助の目の間に来ると右手を差し出した。

「よろしく」
「…!?じゃあ俺たちはてめぇの影をずっと追ってたってことか…!…ふざけんじゃねえ!!!」

 幽助が再び拳を振るい、忍の頬に当てた。だが、忍は一切表情を変えず、冷めきった瞳のまま幽助の右腕を掴んだ。そして軽くひねると幽助の腕に激痛が走り、強烈な唸り声が上がった。だが、忍は動きを止めずそのまま幽助の腹部を足で思い切り踏み潰し、彼が吐血すると銃口を頬に押し当てた。

「―――ッ!!」

 僅か、一瞬の出来事だった。それを目の当たりにした凪沙は口元に手を当て、全身には寒気が走った。…そうだ。この恐ろしさだ。初めて仙水と対峙したあの時に感じた恐怖感…。ミノルの瞳の奥に隠れた深い闇のようなものを感じたが、あれはもしかしたら忍の面影だったのかもしれない。
 その恐怖の根源である忍が目の前に現れ、恐ろしい強さを見せつけている。凪沙の心は再び恐怖で塗れた…そんな最中。

「…よろしく」

 忍は身悶える幽助の力なくした左腕を取り、握手をした。

「こ、こんな仙水さんを見たのは初めてだ…」
「確かに。今までの仙水とは一味も二味も違う…」

 御手洗の不安そうな声に反応した蔵馬も、驚きを隠せぬ様子だった。二人のやりとりを見やった樹もまた、口を開いた。

「忍になった時の仙水は、危なさも冷静さも威圧感も、全て揃う。その純粋さ故に苦しみ、絶望していく忍を俺は見守ってきた。…俺は忍が一番好きなんだ…」
「けっ!どうのこうの言ったって、所詮はアイツのきれっぱしだろう!?奴は最初から一人だったんだよ!…浦飯、ビビる事ぁねえ!やっちまえー!!」

 桑原の激励は幽助の耳にも届いた。
 どうにか身体を起こし、仙水を見やった幽助の胸中は只事ではなかった。
 …初めて見た時から感じていた。奴の不気味さ…手の内を全て見せたようでも、まだ裏技を持ってそうなやつを…ようやく全て見せようとしている。今までの仙水とは到底比べ物にならない。…だが。

「まだ戦う力は残っているかね?」
「…当たり前だ!今の俺は、お前を倒すこと以外何も考えてねえよ!」
「…ほぉ、私を倒すだと…?くっくっく…はっはっはっはっは!!!」
「くそっ…何がおかしい!!…ん!?」

 高らかに笑い声を上げる仙水から波紋が広がり、波長するよう辺りは地響きがし、天井から岩屑が幾つも落下し始めた。そして仙水を取り巻く不思議な金色の光…それは霊気でも妖気でもない、全く別のものであった。
 仙水の身体に金色の光が纏い、その覇気に思わず慄いてしまうような、そんな焦燥が仙水、樹を除く全員に走った。

「――っ痛…!」
「…!コエンマさん、大丈夫ですか?」
「いててて…。すまぬ、凪沙…。…な、なんだ、これは!?」
「コエンマさん、仙水が…!!」

 目覚めたコエンマは凪沙に支えてもらいながら上半身を起こすと、目の当たりにした光景に驚愕が走った。目を見開き、何度瞬きしても変わらぬ情景、そしてひしひしと感じるこの気。…まさかとは思うが、…これは。

「…聖光気!?」



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