49 入魔洞窟への潜入

 蟲寄市を一望できる高台にて、幽助、飛影の二人は他の一行と合流した。数時間ほど二手に分かれていたこともあり、蔵馬が状況を整理した。

 敵は仙水を含め、全部で七人。そのうち医者と狙撃は幽助が倒し、水兵こと御手洗はこちら側へついた。そのため、残るはあと四人だ。そして今現在、その四人の敵は桑原と凪沙を捉え、入魔洞窟に身を潜めている。
 次いで穴についてが、仙水は穴が広がり切るまであと二日と言っていた。これは霊界が予測していた日数よりも四日ほど早い。これについて、蔵馬と御手洗の見解では、術者である樹の力が徐々に強まっているからだという。
 桑原は結界を切る能力を目的に捉えられたが故、魔界の穴が広がり切るまでは恐らく殺さないはず。だがしかし、敵の能力者には美食家がいるため、結果桑原も食われれば死を意味する危険性がある。
 そしてもうひとつの問題は凪沙だった。彼女こそ、一体何の目的で捉えられたのか明確な理由が明かされていない。唯一分かっているのは、仙水が霊界探偵時代に見た人魚の剥製を思い、そして御手洗の情報を元に狙われたという事のみだ。理由がはっきりしていないだけに、凪沙の身の危険もまた、高いことを表している。
 この状況を考えると桑原と凪沙が捉えられている以上、一刻も早く洞窟へと向かうべきだった。

 入魔洞窟へ到着すると、入口にあったのは一台のトラックだった。幽助曰く、仙水達が乗っていたもので間違いないらしい。乗り捨てられたトラックを尻目に、一行は洞窟の入口を見やると、そこは不気味で異質な雰囲気が漂っていた。まるで漆黒の闇が永遠と続いているようだ。
 幻海の案により、洞窟内に潜入するのは幽助、蔵馬、飛影、そして「桑原と凪沙を助けたい」と買って出た御手洗の四人となった。入口では幻海、ぼたん、柳沢、海藤が待機することに。ちなみにコエンマは一度霊界に戻り体勢を立て直してから再びこちらに来るらしい。

「よっしゃ。おめーら、覚悟はいいな!?」
「聞くまでもない…」

 幽助が気合の入った声を上げると、すかさず飛影が反応する。そして幽助を先頭に、彼を除く三人も洞窟へ入ろうとした。…その時だった。

「飛影、ちょっと待ちな」

 呼び止めたのは幻海だった。一行の足が止まり、全員の視線が幻海へと向けられる。飛影はなんとなく幻海の意を察すると、「先に行け。後で追う」と言い残し、幻海の元へ向かった。
 その一方、幽助達もまた二人の意を察し、飛影に告げられた通り洞窟の中へ進んで行った。

 飛影と幻海は洞窟入口より少し離れた場所に移動し、対峙した。

「先に言っておこうと思う。…凪沙の事だが、あれはあたしの責任だ。敵を甘んじてみていたその結果がコレさ。恨むんならあたしを恨みな」
「…フン、概ねそんな事だろうと思ったぜ。くだらんな」
「飛影、お前も後悔しているはずだ。…お前の事だ、邪眼で凪沙の様子を見ていただろう。冷静さを保っているつもりかもしれんが、さっきから瞳孔が開いている上、怒気もひしひしと感じるぞ」
「…!」

 飛影の目が見開いた。
 幻海の言葉は、図星だった。口を噤み鋭い睨みを効かす飛影は、何か些細な事でも逆鱗に触れそうなほどの怒気で溢れている。先ほどの幽助との戦いで己も発散
したつもりだったが、仙水に近付けば近づくほど沸々と感情が高ぶっていくのが自分でも自覚していた。
 だが、今ここで感情を露わにするのは違う。飛影は一拍程置くと、ようやく答えた。

「話しはそれだけか。…なら、もう行く」

 必死に怒りを抑え、飛影は踵を返そうとした。だが、視界の端に見えた情景に驚愕し、目を見開いたまま思わず振り返る?

「…凪沙を、頼む。あの子を助けてやっておくれ」

 視界で捉えたのは、拳を震わせながらも頭を下げていた幻海だった。
 …恐らく、本当は幻海とて敵陣に乗り込みたいのだろう。だが、力の差があまりにも大きく、発案したお守りも結果仇となってしまったことを後悔しているのもあり、断腸の思いでここに残ることを決めたのだと飛影は思った。
 凪沙を孫娘のように思いやる彼女だからこそ、その言葉の重みは飛影の心にも確かに届いた。己もまた、幻海と全く同じ思いだったからこそ、でもあった。

「…言われなくてもそのつもりだ」

 飛影それだけ述べると足早にこの場を立ち去り、洞窟内へと向かった。
 
「幻海師範!飛影と一体何を…?」

 幻海は飛影の背を見送った後、ぼたんや海藤、柳沢が待つ入口付近へと戻った。
 案じたぼたんが駆け寄ってきた。恐らく飛影が洞窟内に向かう際、静かに怒りを露わにした表情を一瞥したからであろう。海藤、柳沢も心配そうに眉を下げている。だが幻海は静かに口角を上げた。

「…なに、年寄りの話し相手になってもらっただけさ」

 余計な心配をかけちまったね、と話す幻海だが、やはり表情は晴れない。幽助達の事は勿論、凪沙を案じているのが、言葉を交わさずとも伝わってくる。
 一行の視線は、自然と洞窟内へと向けられた。…どうか皆、無事でいてくれますように。



 その一方、洞窟内では飛影が合流し、御手洗の案内により着々と奥へと進んで行った。
 分かれ道が出てくる度に御手洗が先導し、蔵馬がアカル草で目印をつけてゆく。その件が何度か続き、幽助の苛々が徐々に募っていった。

「一体どんだけ続くんだよ、この洞窟…!」

 振り返れば、アカル草の仄かな光のみがぽつり、ぽつりと見えるだけ。それを除けば漆黒の闇だけがそこにあり、光がなければ一生ここから出られないのでは、という不安でさえも生まれるほどだった。

「このまま行けば二時間程で奥につくはずだ。…まぁ、何も起こらなければ、の話しだけど…」

 幽助の問いに御手洗が答えた。

「二時間か…思ってたよりも時間がかかるんだな…」
「あぁ。…桑原くんと凪沙ちゃんが心配だが、今は進むしかない」
「そういや、飛影。ばあさんと何話して来たんだ?」
「お前には関係のないことだ」
「…あ、っそ…」

 飛影に話を振るのが間違いだった、と幽助は少々後悔し、怒りも通り越して呆れた。概ね、予想はしてたがやはり彼らしい反応だ。

「幽助、師範と飛影が話すことと言えばひとつしかありませんよ。彼も凪沙ちゃんを心配してるのは山々でしょうから…」
「蔵馬、あまり余計な詮索はするな。…耳障りだ」

 飛影の言葉に、蔵馬の眉尻が上がる。だが、飛影の心情を察した蔵馬は冷静に返した。

「…飛影、分かっていると思いますが…俺も幽助も、貴方や師範と同じですから。貴方も見たでしょう?仙水が凪沙ちゃんを捉えたあの瞬間を。桑原君は目的が明確なだけに手荒な真似はそこまでしなかった。だが、凪沙ちゃんはそうじゃない。俺たちよりも遥かに力の差がある彼女にあそこまで手を下すなんて…。正直こんな事を思いたくないが、仙水にとっては玩具のように扱っているとしか思えなかった」
「…同感だぜ、蔵馬」

 蔵馬の見解に幽助は目を背けたくなったが、これが現実だった。
 幽助、飛影も後で聞いた話だが、凪沙が連れ去られた事実を聞いて一番涙したのは螢子だった。
 静流を彼女に任せ、自分が幽助達の元へ桑原のことを伝えに行けば良かった。そうすれば、静流の元へ幻海とコエンマが駆け付けて合流できたのに。彼女を一人行かせた私のせいだ、と自分を責めていたらしい。だが、その話を聞いて螢子を責めるものなど、一人もいなかった。
 きっと凪沙も凪沙で、自分と誰かが一緒にいることにより危険が迫る事を懸念し、そして治癒術を使えた事から仙水に太刀打ちできるかもしれないと期待を持った可能性もある。
 とはいえ、今は悔やんでも仕方がない。出来ることは、桑原と凪沙の無事を願い、進むべき場所を目指すだけだった。

 四人はしばらく歩んで行くと、突然御手洗が「待って!」と声を上げた。

「おかしいぞ…こんな大きな扉、前にはなかった…!」

 そこには重厚な扉があり、正面には「G」と描かれていた。



***



 幽助達が洞窟内に入って数時間経った頃。
 人々は気付いていなかった…魔界虫や下等妖怪たちが町中に溢れかえっていたことを。そしてその魔物たちが何かに恐れるよう姿を消した事を。
 それはまさしく、嵐の前の静けさであった。

「…あれ?強雷雲が晴れた?」

 洞窟の外で待機していたぼたんが呟いた。幻海、海藤、柳沢の三人は幽助達に呼ばれ、共に戦いの場に向かったため不在だった。
 そしてつい先ほど、大きな爆発音が洞窟内で聞こえた事もあり、次いで雲が晴れたのでぼたんの期待は高まった。

「もしかして、幽助達が仙水をやっつけた…!?ばんざーい!ばんざーい!」
「そうではない」
「…へ?」

 喜んでいたのも束の間。声がした後方へ振り向くと、そこには霊界に戻ったはずのコエンマがいた。

「コエンマ様!急に霊界に帰って…一体何の用だったんですか?」
「…空間の歪みが安定期に入った。あと二時間もすれば穴は最終段階に達してしまう。その事で親父の許可を得てきた。万が一の場合、このおしゃぶりを取る」
「え…っ!!?」
「ワシは幽助達の元へ向かう。ぼたん、お前はもう少しここで待機していろ」
「待機って…一体何を…?」
「二時間後、もし大きな地震が起きたらそれは穴が広がり切った合図だ。その時はすぐに霊界に飛び、親父に伝えるんだ。…いいな?」
「…はい!!」
「じゃあな」

 踵を返したコエンマは洞窟内へ足を踏み入れた。その背を見守るぼたんはふと、思った。

「(大袈裟に驚いてみたけど、コエンマ様がおしゃぶりを取るとどうなるんだろう…?)」



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