48 役者の顔ぶれ

仙水達を乗せたトラックは入魔洞窟へと着いた。下ろされた桑原はそのまま引きずられ、凪沙は巻原の肩に担がれた。

「仙水さん、本当にこんな奴が能力者なの?」
「ふふ…そう焦るな。いずれ能力を発揮するときがくる…」
「俺は早くこの女とヤリてえな…あと数年待てばいい女になりそうだぜ…」
「その女が生きていればな。あとは巻原、お前の好きにしていいぞ」
「(クソッ…なんつー会話してやがるこいつら…!)」

引きずられる最中、桑原は敵の会話に嫌悪が走った。自分もそうだが、このままでは凪沙の身にも更なる危険が迫ってしまう。
桑原はぎろりと仙水を睨み、それに気付いた彼は悠然と答えた。

「…早く仲間が助けに来るといいな。それまで、お前にも良いものを見せてやる…」
「良いもの、だと…!?」


仙水達が洞窟内へ足を踏み入れた頃、幽助は森の中を彷徨っていた。吹き付ける風、木の葉がこすれ合う音、森に住まう鳥の声。全てが刺激となり、いつ何時次なる敵の攻撃が迫ってくるか、神経を張り巡らしていた。

「(奴の領域がどれほどの広さか知らねえが、少なくとも俺を見張れる位置にいることは間違いねえ…!早く領域の外へ出ねえと…!)」

これまで、宙を舞った木の葉や遠方から飛んできた凶器に、的となった身体を狙われてきた。どうにか対処して領域を抜けようと、必死に走り続けていると、ようやく路上へと続く道に出た。
数百メートル先から大型のトラックが走行しているのが見えた幽助は思案した。

「トラックか…乗せてもらって一旦家へ戻るか…?しかし、この格好じゃあ停まってもくれねえだろうな…。…ん?」

よくよく目を凝らしてみれば、そのトラックの運転席には誰もいなかった。それに気付いた瞬間、幽助は勢いよく駆けだした。

「まさか、あれも弾かよ…!?くそったれ…!!」

トラックのスピードは落ちることなく、幽助へと向かってゆく。だが流石にトラック相手では追いつかれるのも時間の問題であった。
タイミングを見計らい、再び幽助は森へと飛び込んだ。だが、トラックも幽助の後を追い、スピードを落とさず向かってくるではないか。この状況を打開するにはどうしたらいいのか。
ガソリンを詰んでいるので霊丸を放てばこちらにも被害が及ぶ上、このまま逃げ続けるのも時間と体力の問題だった。やはり、領域の外へ逃げきるしか手はないのか。
幽助が思案している最中、前方の崖の頂上からきらりと何かが光った。再び目を凝らすと、銃を構えた刃霧がこちらを狙っていた。

「野郎、そこまでやるかよ…!?」

そして幽助が気付いた瞬間、弾が発砲されトラックは爆発した。

「うわああああ…!!」

幽助の後方から爆風と光が迫り、一瞬で辺り一面は黒煙と炎で包まれた。
燃え滾る森の中で幽助の姿を肉眼で確認するのは不可能となったが、彼の最期をしかと見た刃霧は無事任遂行した事に安堵した。…だが、それの束の間。突如背後に感じた気配。それに気が付き振り返ると、そこには黒い服を着た男が、幽助の首根っこを掴んでいたのだ。
気が付いた幽助は声を上げた。

「…!飛影…!」
「…死ぬのは少し早いぜ」

飛影はそれだけ答えると幽助から手を離し、少しずつ刃霧へと近づいてゆく。

「俺たちの邪魔をする奴は、許さない…!」

銃を構えた刃霧は飛影を脅すが、その一方で飛影は歩みを止めず表情もピクリとも変えない。そして刃霧が「…消えろ!」と放った瞬間、再び銃は発砲された。だが、飛影は素早く全ての弾をかわしながら刃霧へと近づき、そして彼の身体に刀を貫いた。

「――飛影っ!!」
「フン、急所は外した…」

飛影が刀を抜くと刃霧はその場に倒れた。
一瞬の事で呆気に取られていた幽助は言葉を失うが、飛影がこちらへゆっくり戻ってくる様をじっと見つめていると。

「…懐かしい風だぜ。心地よくて落ち着く。腐った血と肉が混ざり合った魔界の風だ。…見ろ、もうすぐ地獄の蓋が開く」
「…!」

飛影に促された幽助は、その情景に驚愕した。
分厚い雲が一面を覆い、その中心から稲妻が何本も地上へと走っている。そして地上もまた異様な光が放たれており、人間界では到底あり得ない非現実的な事が起きていた。
幽助は拳を地面に落とすと「むかつくぜ…!」と零した。

「えれぇやり辛い連中だ…!真っ向から攻撃してこねえ!奴らがこんなに厄介だとは思わなかったぜ…!桑原と凪沙が…急がねえと…!」
「急ぐ?何を急ぐんだ?」
「決まってんだろう!二人を助けに行くんだよ!!んで、奴らをぶっ飛ばす!!」

幽助がそう言い放った瞬間、一瞬にして飛影から殺気が放たれた。幽助はそれに気付き、後方から迫る飛影の刀を避けるが、体勢を直している僅かな瞬間に再び刀が。刀の先端は、着実に幽助の首を捉えていた。

「これでお前は今日二回死んでいる…こんなザマで奴らを倒せるのか?」
「…なんだと!?」
「奴らに連れ去られる桑原が馬鹿だ。…それに、凪沙もな」
「――てめえ!!」
「…本当に殺してやろうか?」
「上等だぜ!!」

二人は闘気を剥き出しにし、戦闘態勢へと入った。飛影がマントを脱ぎ棄てたのを機に、二人は同時に駆けだして拳を振り、互いの顔にぶつける。それを合図に肉弾での攻防が始まった。
仲間であることも忘れる程の激しいぶつかり合いはしばらく続き、二人の熱い闘気で風が生まれ砂埃が立った。そして再び拳を振るい、互いで防御し合うと、一旦距離を置いて視線を絡ませた。
動きが止まると幽助から息切れが漏れ、飛影は流血した腕を舐め始める。そして飛影は口に含んだ血を吐き捨て、再度幽助を一瞥すると口を開いた。

「…安心したぜ。霊力そのものが弱ったわけではなさそうだな」
「あぁ?…あっ!てめー、もしかして試しやがったな!!?」
「久々に全力で暴れた気分はどうだ?さっきまでのお前は欲求不満が面中に広がってたぜ。…連中は巧みな戦法できている。お前の力を最小限に抑え、自分たちの能力は最大限に生かす作戦でな」

脱ぎ捨てたマントに手を通しながらも、飛影は続けた。

「湯が沸いた脳みそで何度闘っても同じようにはめられるぞ。頭を冷やして戦え。…お前に言っても無駄だろうがな」
「――ぷっ、あっははははは!」
「…?何がおかしい?」
「いや、まさかお前に頭冷やせって言われるとは思わなくてよぉ!いやー参ったぜ!」
「(…こいつ、本当に殺してやろうか)」

思いもよらぬ飛影からの言葉で、ようやく幽助はいつもの彼らしさを取り戻した。そして真剣な表情になると、幽助は再び飛影と視線を絡ませる。

「…飛影、一緒にきてくれねーか。桑原もそうだが、奴らは凪沙も使って何か企んでいるらしいんだ。俺は…目の前で凪沙が連れ去らわれたのを見ちまってよ…その…」

申し訳なさそうに眉を下げ、幽助が言わんとしていることは、飛影も分かっていた。彼女を守ることが出来なかった…その事実が、幽助自身を追い詰めていたのだ。

飛影は四次元屋敷を後にした後、境界トンネルが開かれようとしているこの近辺を探っていた。その最中、邪眼で幽助達の動きは勿論、凪沙の様子も随時確認していた。しばらくは幽助達と共に行動していたのでそこまで心配していなかったが、御手洗を保護し、そして彼から仙水の狙いを知ると、嫌な予感がした。
凪沙が力を発揮し始め、静流を助けたあたりからずっと邪眼で彼女を追っていた。本当は今すぐにでも彼女の元へ駆け付けたかったが、物理的に不可能だったのだ。そして嫌な予感は、予想よりも遥か早く的中してしまった。
仙水に迫られ、恐怖を抱きながらも抵抗を見せた凪沙の姿を見て、飛影は胸が張り裂けそうだった。自分が近くにいれば…傍についていれば、もしかしたら守れたかもしれない。そしてあのお守りの意味も成すことが出来たかもしれない。
四次元屋敷にて凪沙が「行かないで」と訴えたあの瞳に応えていれば。お守りを持った彼女と常に一緒に居たら。飛影の心には後悔の念だけ残った。

そして仙水に蹴りを、手刀を入れられた凪沙が気を失う前、僅かに残った力で呟いた声を、飛影は邪眼を通して辛うじて拾った。今にも消えそうな声で呟いたのは、

「…飛影、助けて…」

という、言葉だったのだ。

飛影は、このままトンネルが開通したら魔界へ戻ろうかと本気で考え始めていた。コエンマから彼女の先祖の話しを聞いた、あの時から迷っていたのだ。
だが、凪沙の痛々しく、あまりにも惨すぎる手を下した仙水に飛影は怒りは抑えられなかった。目的はどうであれ、仙水の手元に渡った凪沙を助けたい――その一心だった。

飛影は幽助の言葉にどう返そうか思案しており、二人の間に妙な緊張感が走った…その矢先の事。二時の方向から気配を感じ、飛影は幽助に目配せをした。

「…おい、客だ」

現れたのは翼を持った、下等の妖怪だった。こちらに気付いた二匹の妖怪は、地上へとゆっくり降下し、二人の前に立ちはだかった。

「あれあれぇ?餌と仲間の匂いに誘われきてみりゃあ、どういうことだ?」
「人間と妖怪が仲良くお喋りしているぞぉ〜?」

汚らしく笑う妖怪に、飛影と幽助の眉間に皺が寄った。

「…蟲寄市は既に第三段階に入った。これからこんな馬鹿どもがウヨウヨと生まれて出てくるだろう」
「何ィ、馬鹿だと!?…決めたぞ、不味そうだがお前から食ってやるぜ…!」
「幽助、…お前たちに手を貸す理由が出来た。ひとつは凪沙の救出、そしてもうひとつは、こういう世間知らずの相手をしなきゃならん事だ。…実に、不愉快だ」
「あぁ、全くだ…」
「五月蠅いのはお前たちだぁ…!」

下等妖怪が幽助、飛影に迫る。だが、その数秒後、彼らの身体は回復することなど到底不可能な状態に。一瞬にしてその汚らわしい笑い声は消え去った。

幽助の拳、そして飛影の刀には彼らの汚れた血がついていた。



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