47 捕らわれの姫君

幻海から凪沙の母――波子の話しを聞いたあの日の事は、誰もが忘れるわけがなかった。波子は凪沙が生まれた時から彼女を守り、そして波子の意思を継いで飛影もまた、同じ思いでお守りを彼女に預けた。それを目の前で一瞬で消し去った仙水に、更なる怒りが込み上げる。

「…てめぇ、いい加減にしろよ…!?」
「俺たちは…お前を許さない…!」

桑原に続き、幽助、蔵馬も怒りを露わにするが、仙水にとってそれは想定内だった。幽助は完全に怒りで満ちており、蔵馬も表情とは裏腹に感情が込み上げている。冷静さを保つのが必死、という風にも見えた。
こちらの思惑通りに挑発に乗ってくれた三人に仙水は満足し、そして遠方から徐々に近づいてくるバイクの走行音に気付くと凪沙を担いだまま再び走り出した。

「あっ!てめっ!凪沙を返せ!!」
「待ちやがれ仙水!!」

幽助、桑原が仙水の後を追い、蔵馬もまた駆けだそうとした。…だが、幽助と桑原がビルの角を曲がった瞬間、前方からバイクに乗った青年――先ほど仙水の傍らにいた者が、掌にサイコロを乗せ、指でこちらに放ってきた。蔵馬は咄嗟に薔薇棘鞭刃で防ぎ、足を止めた。

「俺の相手はお前か…」

バイクを停めた青年に蔵馬は呟いた。恐らく、敵の目的は力の分散。おまけに周りには先ほどの爆発音で野次馬が増え始めてきた。不味い状況になり、蔵馬の眉間に皺が寄る。

「ここで技を出すつもりか?」

不敵な笑みを浮かべ、その青年…羽霧は呟く。そして再び蔵馬に向け、駒を指で弾こうと構えた。


一方、仙水を追っていた幽助と桑原は駅近の立体駐車場へと足を踏み入れていた。仙水は最上階へ向かい、幽助も負けじと後を追う。その後方、少し離れたところで桑原もまた、二人を追っていた。階段を上り、勢いよく踊り場へ飛び出した…その時。

「…うぉおお!!?」

突如現れた少年にぶつかりそうになり、桑原は咄嗟に避けて転んだ。

「何やってんだこんなところで…!ここは駐車場だぞ、危ねーじゃねぇか!子どもは小川で鮒でも釣ってろ…!」

桑原は体勢を直し、再び屋上へと向かおうとした…が。

「―――!!?」

全身に走る異様な感覚。身体ははっきりと覚えていた。御手洗と初めて戦ったあの時と同じだ。…まさかとは思うが。
桑原が後ろを振り返ると、静かに口角を上げた少年と視線が絡んだ。



「鬼ごっこはおしまいだ…ここでケリつけてやんぜ…!」

駐車場の屋上に辿り着いた幽助は仙水に言い放った。一歩一歩、ゆっくりと仙水に近付き距離を詰める幽助だったが、仙水があの不敵な笑みを浮かべた瞬間。

「――ぎゃあああああ!!!!」

屋上入口のドアから聞こえてきたのは桑原の断末魔だった。

「桑原…!?」

幽助が驚愕すると同時に、駐車場一階からトラックが走り出した。そのタイミングで仙水も屋上から飛び降り、トラックの荷台へと着地する。
幽助もそれを追って跳躍し、着地すると、ちょうど蔵馬と合流した。そして、幽助はありったけの力を込めて指先に意識を集中させると。

「野郎、逃がさねぇぞ!――霊丸っ!!!」

先ほど、凪沙が仙水に放った時よりも数倍大きな霊気の塊が勢いよく幽助の指先から放たれた。だが、それは彼の懇親の力を込めた一発。今更気付いた幽助は「あっ!!」と声を荒げた。

「しまったぁ!!手加減するの忘れた!!」
「幽助、あんな強い霊丸を撃ったら車もろ共桑原君や凪沙ちゃんが吹き飛んでしまうぞ!?」
「うぎーーーもう遅ぇええーー!!!」

幽助が取り乱している最中、放たれた大きな霊丸は仙水を乗せたトラックへと向かってゆく。桑原が「死んだら化けるぞおお!!」と嘆くが、仙水は表情ひとつ変えず小さな霊気を掌に集めた。それは幽助が放った霊丸よりも遥かに小さな球だった。そしてそれをポンッ!と足で軽く蹴ると、霊丸と衝突し爆発を起こした。
立ち煙る中、隙間から見えたのは仙水の清々しい笑顔と、バイバイと手を振る様。それが視界に入った幽助の堪忍袋の緒は、ぶちぶちっと大きく音がして切れた。

「―――ッ舐めやがってぇええ!!!」
「…!!幽助、よせ!」

蔵馬の止めも聞かず、幽助は近くに置いてあった自転車に跨り、全力で漕いでトラックを追い始めた。


仙水達を乗せたトラックは街中を暴走し、郊外へと向かっている。運転しているのは先ほど桑原が遭遇した少年――天沼。その隣で、伸びた指先で桑原と凪沙を拘束しているのは巻原だ。
桑原は拘束されている最中、横たわる凪沙の前にどうにか移動し、腰を下した。彼女の盾になろうという魂胆に仙水は失笑し、特に止めもしなかった。

「お姫様を守ろうとする騎士のつもりか?…笑わせるな」
「てめーがやったのは男の風上にも置けねえ卑劣な事なんだぞ…分かってんのか…!?男は身体張って女を守らなきゃいけねー生き物だろうが!!」
「ふん…減らず口を叩いていられるのも今のうちだ…」
「ぐっ…あぁあ…!!」

桑原の身体が強い力で締め付けられる。しばらくの間もがき、唸り声を上げていると、仙水は巻原に「もういい」と合図した。
解放された桑原は凪沙の隣に倒れた。そして彼女の顔をまじまじと見れば、土埃で汚れ、そして口元から流れる一筋の血が嫌でも目に入った。
彼女は一体どんな気持ちで仙水に立ち向かったのだろう。こちらが総出でかかっても歯が立たないこの強敵を前に、どんな恐怖があっただろう。仙水に狙われている…その事実だけでも震え慄いていた凪沙の心情を思うと、桑原は悔しかった。
歯を食いしばり、どうにか身体を起こした桑原は仙水に問うた。

「…何故、立花と俺を?」
「君は俺たちの仲間になるんだ。君はある能力に目覚めてしまったのでね…我々には必要な力なんだ」
「けっ!俺は御免だぜ!?」
「貴様の意思など関係ない。我々は貴様の能力を仲間として迎えるのだ。戸愚呂の兄のようにな…」
「なっ!?奴は死んだはずじゃあ…!?」
「生きていたのさ。そしてそれを牧原が食った…」
「なっ、なんだとぉお!?」
「そして立花凪沙…彼女の人魚としての力も俺には必要なんだ。能力ではなく、ちょっとしたパフォーマンスにね。…楽しみにしてるといい。最高のオープニングセレモニーとなるだろう…」
「…一体何を企んで…!?」

仙水と桑原がそんなやりとりをしている最中、天沼はサイドミラーに映った人影に気付いた。

「あれ?なんだありゃあ…」
「どうした?」

巻原が窓から顔を出し、後方を見ると、全速力で自転車を漕ぐ幽助の姿が。それに気付いた桑原もまた、「浦飯…!」と目の色を変えた。

「信じられねえ…チャリで追ってきやがる…。あのままでいいんですか?」
「心配するな、もう手は打ってある。我々はこいつらを運ぶだけでいい」

巻原の問いかけに仙水は答えた。

幽助がトラックに追いつきそうな距離を詰めた時、後ろから刃霧のバイクが迫ってきた。そして後方から幽助を目掛け、サイコロが放たれると自転車に命中する。自転車がバラバラになり破片が散らばってしまうその間、仙水達を乗せたトラックは走り続け、あっという間に姿は見えなくなってしまった。
自転車を破壊された幽助は、バランスを崩し路上に転がった。そしてどうにか体勢を直し、立ち上がったその瞬間。刃霧が近づいたと同時に領域が発動され、幽助の身体に四つの印を放った。
確かに身体には感触があったが、その印は眼に見えない。幽助が不思議そうにしていると、刃霧はバイクを停め、幽助に言い放った。

「…お前、もう俺から逃げられないぜ。…死紋十字斑」
「なっ…なんだこれは!?」

刃霧が唱えた瞬間、幽助の身体から的の絵が浮き上がってきた。先ほど印をつけられた四点の場所だ。

「それは的だ。お前がどこへ逃げようと、俺の攻撃はその的を外さない。例えば、これに俺の気を通し放り投げると…」

刃霧は数個の石をふわりと宙に浮かせた。すると石はまるで意思を持ったかのように、幽助の身体に浮き出た的へ勢いよく向かった。幽助は迫る石を素早く手で掴むと、刃霧は「お見事」と称賛した。

「…もう、お前は寝る事さえ許されない」



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