04 真相は彼のみぞ知る

 再び「飛影」と幽助に呼ばれたその男は、瞬時に体制を立て直し何事もなかったかのように腕を組み口を噤んだ。当然凪沙を捉えていた視線も横に流れた。
 …なんだったんだ、今の。凪沙は勿論の事、他の三人も呆気に取られていた。普段の飛影からは全く想像もつかない、明らかに動揺した姿にこちらも驚愕を隠せなかったのだ。
 特にきっかけとなった凪沙も、視線が絡んだ瞬間あんな反応をされるなんて。特に何かしたわけでもないのに、何故あそこまで驚かれたのだろうか。ある意味心外でもあるが故、尚も当惑してしまう。

 今起きているこの状況は、飛影以外全員の頭に疑問符が浮かんだも同然だった。しばらく異様な空気が漂ったが、蔵馬が飛影を伺いつつも沈黙を破った。

「…凪沙ちゃん、この人は飛影。俺達のその…友達というか仲間なんだ」
「俺は貴様らと仲間になった覚えはない」

 またしても、更なる異様な空気が漂った。
 幽助、桑原だけなら「いつもの事だ」と流せるのだが、何せ今日は凪沙がいる。ここは話を合わせてもらった方が都合が良い。蔵馬は渋々席を立ち、飛影に耳打ちした。

「お願いだから静かに聞いててくださいね?」

 無論、凪沙には聞こえないような声量だ。「俺には関係ないだろう」そう言い返したいところだったが、蔵馬に逆らうと後々が面倒なのは目に見えている。飛影は溜息を漏らすと渋々頷いた。

「…で、今幽助の隣にいるのが凪沙ちゃんだ。幽助と桑原君と同じ学校の友達だよ」

 改め、蔵馬は凪沙の背後に回り肩に手を置いた。一応、自己紹介を。という意らしい。

「はじめまして…飛影さん。立花凪沙です」

 凪沙は軽く会釈した。飛影は再び一瞥したのだが、視線を外しあたかも興味がない素振りをする。

「フン…俺は貴様が誰だろうが知らん」
「いやいやいや!!おめー、何言ってんだ!?さっきの反応、どう見たって興味なきゃあんな風にならんだろ!?」

 我慢できなかったのか、桑原が思わず立ち上がり飛影を指差した。

「チッ…うるさいのは顔面だけにしておけ。このマヌケ面」
「あぁ〜ン!?なんだとこのチビ!もう一回言ってみろやコラァア!!」
「オイおめーら、ここは俺ん家だ!!凪沙もいる前でしょうもねぇ喧嘩すんじゃねぇ!!!」

 幽助は机上に拳を落とし一喝した。桑原が我慢ならず飛影の胸ぐらを掴みかけたが、流石に凪沙がいる前で手を出すわけにはいかなかった。
 桑原の顔は不満に満ちていたが、幽助の言う通りだ。熱き感情をぐっと堪え、ようやく飛影の胸ぐらから手を外した。だが、飛影は変わらず桑原を一瞥した。呆れるような、寧ろ馬鹿にしたようないつものあの視線を送っている。再び、桑原は沸々と怒りの念が沸くが、いよいよ幽助の堪忍袋の緒が切れるそうのが視界の端に目に見えた。

「覚えとけよ…」

 桑原は幽助に促された通り飛影から離れた。幽助は呆れ、蔵馬は至って冷静に見守っている。
 その様子を見ていた凪沙は、再び呆気に取られていた。…まさかとは思うが、これが彼等の日常なのだろうか。幽助や桑原は兎も角、飛影という男も血の気の多い性質にしか見えない。今は寸での所で喧嘩は始まらなかったが、これが屋外だったおっぱじめていた可能性は否めない。
 …やはり、浦飯幽助が絡んでいる人達は自分とは全く違う世界で生きているのだと思わざるをえなかった。

「…ひとつ聞きたいことがあるんだけど。凪沙ちゃん、まさかとは思うけど…飛影の事知ってたの?」

 皆がようやく席に着いた頃、蔵馬が突如尋ねて来た。

「…え?いや、今日初めて会ったよ?」
「…そう、ですよね」

 凪沙は戸惑いつつも答えた。その疑問は蔵馬だけでなく幽助や桑原とて同じだったので、三人は訝しみつつも再び視線を絡めた。
 もとはと言えば飛影と凪沙の視線が絡んだ瞬間、彼らしからぬ反応を示した。だがその一方で凪沙は、ぽかんとしていたのだ。仮にお互いが顔見知りなら、凪沙も飛影とまではいかないが、何かしら反応をしてもおかしくない。しかし彼女の反応や返答を見ると、嘘をついているとは到底見えなかった。
 …となれば、飛影が一方的に凪沙の事を知っていたのだろうか。

 蔵馬の質問の意図を汲んだ幽助も同感だった。

「おい、飛影。お前もしかして凪沙の事…」
「もう行く」
「はぁ?」

 幽助の素っ頓狂な声が部屋に響いた。いや、もう行くって…。外は豪雨と雷鳴で酷い天気だ。こんな中家から出ようとするなんて。流石に幽助が止めようとしたが、飛影は幽助の伸ばされた手を振り払った。

「貴様らに用はないと言っているんだ。…俺にかまうな」

 飛影は幽助、蔵馬、桑原、そして凪沙に睨みを利かせた。三人は慣れっこであったが、凪沙は別だ。飛影の鋭い睨みに思わず肩が震え、怯えた瞳をしている。飛影はそれに気付くと一瞬目を見張ったが、今更後に引けなかった。
 本当は普段通りリビングからテラスに出て、そのまま建物を伝って行こうと思ったが、凪沙がいる手前ではやはり後々面倒な事になりかねない。飛影はもう一度、凪沙を一瞥した後渋々と玄関へと向かった。

「…おいおい、こんな天気の中マジで行っちまったぜ。なんだったんだ、アイツ…」
「彼はああなったらこちらの言うことなんか聞きませんよ」
「そうだな。…おい凪沙、あんま気にすんなよ。飛影が勝手に出てったんだから、おめーが心配する必要ねーからな」
「…うん、ありがとう。浦飯君」

 凪沙の不安は、他の三人にも十分伝わっていた。
 …そう、彼女は何も悪くない。どういうわけかは知らぬが、要は飛影が勝手に驚いて、そして勝手に機嫌を損ねて帰った。たったそれだけなのだ。
 しかし不穏な雰囲気は未だ残ったままだ。
 その証拠に「気にするな」と声を掛けられた凪沙の表情は浮かない。桑原は普段通り飛影の勝手な態度にまたもイラつきが始まり、蔵馬も結局どういう事だったのか分からず不思議そうに思案を巡らせている。そして幽助は招集をかけ、その上凪沙を気遣って家に上がらせたはいいが、結果彼女に余計な心配事を与えてしまった。
 こんなはずではなかったのに。全員がそう思い更けていた。
 …とはいえ、このままでは湿気た空気だけが残るだけだ。おまけに外は未だ雨が止まずにいる。まるでこちらも陰欝さに拍車がかかってしまうようだった。
 何かいい案は…と幽助はふとテレビ台を見やった。…そうだ、気晴らしにゲームでもしよう。我ながら良いアイディアだ。と、自画自賛する。

「あのよお、」

 幽助が三人に声を掛けた。その瞬間、リビングと廊下を隔てるドアが勢いよく開かれた。

「たっらいまぁ〜!!お母様のお帰りよぉお!!…あらあらあら、今日はお客さんがたくさんいらのねぇ!!ちょうど良かったぁ〜!!」

 …偶然とは恐ろしいものだ。リビングに現れたのは幽助の母でもある温子だった。
 呂律の回らぬ言葉、赤く染まった頬、手には一升瓶と寿司の折が包まれているであろうビニールがあった。誰がどう見ても酒気帯びているのには間違いない。しかもよほど雨風が酷かったのか、全身ずぶ濡れだ。
 聞けば、久々にパチンコで圧勝して気分が良くなったので特上寿司を買ってきてくれたらしい。「こんな天気の中でもパチンコかよ!」と幽助は普段なら咎めるのだが、この時ばかりは温子の陽気さに救われたも同然だった。
 酒の匂いが一瞬にしてリビングに広がったが、まぁ良しとしよう。

「桑原、蔵馬、凪沙!せっかくみんなが揃ったんだ!みんなで寿司パーティーしようぜ!」

 温子のお陰で先ほどまでの不穏な空気は打開された。
 幽助、そして上機嫌な温子をはじめ、三人は突如決まった特上寿司パーティーの準備をする事になった。



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