012: フィロ・クラベル

012-1: clergyman × incubus/succubus(淫魔)

(枕の下に押しこんだ携帯電話が設定した時刻になるや振動を始め、毎朝そうであるように、否が応でも目が覚める。まだ外は夜の気配に包まれ、カーテンを閉めきった寝室はことさら暗く、お陰で朝まで今しばらくの猶予があると認識した脳は更なる休息を欲してアラームを断ち切り、居残る心地よい微睡みに身を委ねてしまおうとするも、意識が途切れる──そのすんでのところで強固に己を律する理性に叱咤され、睡魔を振り払うには何より行動を起こすことが先決と、これまでの経験則から重たい身体を意思の力で半ば強引に引きずり起こし、ずるずるとベッドから這い出して。実のところ朝はあまり強いほうではなく、起き出したはいいものの床の上に座り込んで数十分、これといって明確なきっかけはないながら時間の経過と共に緩やかに組み上がった意識が真に覚醒の時を迎えて、はたと今起きたかのように顔を上げ。眠気にとろりと下がっていた眉尻もいつものごとく吊り上がり、立ち上がって洗面所に向かう足取りはもう危なげなく確かで、洗顔から髭剃りから歯磨きから着替えまで、毎日のルーティンを済ませてリビングへ。採光のいい大きな窓がある開放的な間取りのそこは、だがやはり時間が早いだけあって薄暗く、その中でソファに陣取る淫魔の色白い肌は目を引いた。図らずも悪魔に属する人外を同居人とする羽目になって数日、一人で生活していたころには言う相手のいなかった朝の挨拶をいまだ物慣れない様子で口にし)
……おはよう。ああ、いや、今日もお前はこれから眠るのだろうが。
(短い襟足のかかるうなじに掌を宛行い、僅かな日数の間に学んだその生活サイクルを思って苦笑混じりに言葉を付け足す。自分はこのあと朝の祈りと、日課となった水やりから始めてまた一日勤め上げるつもりで、それは何も苦ではないのだが、問題は留守にしている隙に目の前の淫魔が何かしでかしはしないかと気懸かりなこと。姦淫を通じて人の精気を糧にするという、聖職者の倫理観では到底計りきれない生きものなのでその行動の予想がつかず、相手のもとに歩み寄って行くと赤々と輝く双眸を覗きこんで)
俺のいない間も大人しくしているのだぞ。頼むから余所様に迷惑をかけてくれるな。……では、おやすみ。また夜に。
(視線を合わせて生真面目な顔で念を押し、朝が近付くにつれて眠くなって来たのだろうか、考えられるもう一つのパターンである空腹の可能性にはあえて触れず、少々覇気が薄くなったような気もする相手の頭を軽く一撫でし)

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