*これと少し関連しています。
*久々知が♀
*竹谷と久々知は各々既婚者。











「……ん」


浴室に響くシャワーの音で目を覚ました。
素肌に感じるシーツは冷たく心地良い。それを少し名残惜しみながらも私はゆっくりと体を起こす。
室内の薄明かりを頼りにベッドの下に落ちているシャツを拾い上げ羽織った。
時間を確かめる代わりに、カーテンを開け窓の外を見れば夜明けはすぐそこまで迫っていた。


「あ、起きたのか」
「はち」


穏やかで優しい声がする。髪をタオルで拭きながら、ジーンズひとつで浴室から出てきた彼を視界に捕える。彼特有の傷んだ髪の毛は濡れてしっとりしていた。

八左ヱ門と私はお互いに既婚者でありながら寝る間柄にあった。所謂不倫関係というものだ。始まりはいつだったか、よく覚えていない。最初の頃は甘い背徳感を味わいたかっただけだったと思う。しかし逢瀬を重ねていく度に私は彼をもっともっと好きになり身体の関係に溺れていった。
今はただただ、八左ヱ門が好きなのだ。夫と一緒にいる時でさえ、考えているのは八左ヱ門の事ばかりだ。


「兵助もシャワー浴びてきたら?」
「うん……そうする。けどまだ眠いしだるい」
「はは、そっか」


「そうさせたのは誰だよ」と唸ってみせると慌てて「わ、わりい」なんて真面目に言うから少し可笑しくなって笑った。


「兵助」


名を呼ばれ背後から体に腕をまわされる。女の私をすっぽり包んでしまう竹谷の体は大きくて温かい。シャツ越しに伝わってくる体温にひどく安心した。竹谷は私の肩に顎を乗せ、しばらくすると甘えるように頬を擦り付けてくる。


「俺さ、兵助にこうすんのすっげえ好き」
「……そりゃ、どーも」
「照れてる?」
「うるっさいな」


不意にまだ濡れた八左ヱ門の髪から漂うシャンプーの香りを嗅いだ。あれ、私と同じ匂い?あ、そっか。同じシャンプー使ったからか、なんてまだぼんやりする頭で考えた。
何だろう、八左ヱ門に関わる事全てにドキドキしてしまう私は、ひょっとして病気かもしれないと馬鹿な事を感じていた。
いつの間にか竹谷の手は自然と私の胸へ行き、頬には唇があたっていた。


「兵助が、好きだ」
「……うん」

飾り気のないこの言葉を何度言われただろう。でも「妻と別れる」とは言わないよな、お前。
駄目だと分かっているのに別れられない、不倫の恋の定番パターン。まさか自分がそれに嵌まっていくとは十代の頃はこれっぽっちも思っていなかった。
しかし好きになったら、そんな事はどうでもよくなった。秘密を体に刻んでまた堕ちていくのだ。私も、八左ヱ門も。
本当は今の旦那と別れてお前と一緒になりたいよ、と言いたいけれど口にしたらこの関係も終わってしまいそうで怖い。
八左ヱ門は優しい。だからきっと私を突き放すのも奥さんを捨てる事も絶対しない。優しいから、怖い。


「はち…っ、好き」


夜明けまであと数時間。ああ、朝なんか来なきゃ良いのに。
「それじゃあまたね」をしたら私だけのものじゃないあなたは、他の女(ひと)の名を優しく呼んで、唇を重ねて、抱き合うのだ。それを考えたら無性に泣きたくなる。
せめて今だけは私だけのあなたでいて。心の中でそう願いながら吐息をまじらせ、キスをしながら彼と共に再びベッドに倒れこんだ。






朝なんか来なくていい
夜明けの街に、あなたはいないの

20120304

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