*尾鉢、竹久々前提
*鉢屋と久々知が♀
*尾浜が亡き人












パンプスを鳴らし、待ち合わせ場所である駅前のカフェに足を踏み入れた。
人で満ち足りた店内を見回すと奥の席に明るい茶髪頭を見つけた。すらりと細長い彼女の足にはスキニージーンズがよく似合っている。
彼女は私の存在に気付いたらしく、半透明のストローを唇で挟んだまま小さく手を振っている。私は誘導されるようにそこに近付き、向かいに腰を下ろした。


「久しぶり。兵助」
「うん。元気だった?」
「まあそれなりに。何か飲むだろ?」
「じゃ、エスプレッソ」


学生時代によく利用したカフェで(珈琲一杯で粘れるのだから重宝したものだ)鉢屋三郎と私は近況報告がてらたまに会う。
三郎は甘い物が好きではない。なのにこの店に訪れると注文する物は決まって甘くシュワシュワと刺激のあるクリームソーダだった。それは勘右衛門が好きだったものだ。


「ねえ、勘ちゃんがいなくなってから何年だっけ」
「4年……あー……、5年?」
「もうそんなになるんだ……あのさ、結婚とか考えてないの?いい年じゃん」
「さあな」


学生時代からよくつるんでいた尾浜勘右衛門は、数年前に交通事故で前触れなくこの世を去った。
告別式の時、焼香をしながら見上げるとにっこりと微笑む勘右衛門の写真が飾られていた。三郎はそれに向かって「子供助けて事故死とか本っ当馬鹿だよな、お前らしいけど」とあっけらかんに呟いていた。
勘右衛門は生前彫り師であった。
今はニットですっかり隠れているが、三郎の肩から背中にかけては勘右衛門が手彫りした唐獅子牡丹のタトゥーがある。
それを初めて知った時は衝撃的だったが(理由を問えば「格好良いだろう」と三郎がざっくり言ったのをよく覚えている)それよりも勘右衛門が彼女の滑らかな肌に触れ後ろ姿を針で辿っていくシーンをイメージしただけで当時は何だか凄くドキドキしていた自分がいた。


「私の事はいいから、自分の心配しろ」
「私は既婚者ですけど。一応」
「でもはちとはまだ会っているんだろ?」


三郎が私をじっと見据えた。静かに頷くと彼女はそうか、とだけ言った。
彼女が返事をしたのをきっかけに暫しの沈黙が訪れる。
定員が運んできたエスプレッソをすっかり飲み干してしまった私はカップをソーサーに戻した。カチリという音がやけに大きく聞こえた。





「例え二度と会えなくなっても」





不意に三郎が口を開いた。
え、と私が驚いて三郎の方を見ると、彼女は自分の肩にそっと手を置いて続けた。


「この獅子が鉢屋を守ってくれるから」
「……さぶろ、」
「って勘右衛門が言ってたわ。馬鹿みたいだろ」


三郎はむっつりした顔でそう言った後、クリームソーダの嘘っぽい綺麗な色とグラスに浮かんだバニラアイスクリームが溶ける様を愛しそうに見つめる。いつの間にかストローの先端はぼろぼろで曲線を失っていた。


「……ストロー噛む癖がある人って欲求不満なんだってね」
「うっさい。黙れ不倫女」


意地悪く言うと倍に悪口が返ってくる。それなのに躊躇なく話す三郎が不思議で可笑しく私は思わずクスリとした。
同じなのかな、と思う。私が八左ヱ門とずっと身体の関係に溺れているのも。三郎が勘右衛門を忘れられなくて頑なに恋を拒むのも。
まるで、刺青のように。皮膚に染み付いたしるしは消したくても一生消えそうにない。


やっぱり甘いわこれ、胸焼ける、と三郎は蜜色の髪を揺らながら口直しに珈琲を店員に頼む。傍らではまだ姿を残した炭酸が微かに音をたてていた。




刺青にまつわる
寓話

(「好き」なんて単純なようで)
(複雑で簡単には無くならないわ)









project:糖衣錠はもういらない
尾浜が好きな鉢屋と竹谷と不倫中の久々知。

20120304



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